江戸時代 新潟 越後の絵師 行田魁庵(なめたかいあん)

江戸時代の越後出身の絵師、行田魁庵(なめたかいあん)

行田魁庵の四季屏風と江戸時代に生まれたおもと

左・永島            鉢 江戸~明治期

中・日月星   鉢 江戸~明治期

右・根岸の松  鉢 江戸時代

 

新潟市指定文化財「新潟入船之図」を描いた江戸時代から明治7年の人

行田魁庵は、文化九(1812)年、古町通神明町(現、古町通一番町)の神明宮の神官の子として生まれました。幼いころから画を新潟の志賀北洋三条(三条市)の行田雲濤に学び、京都に出て山本梅逸に学びました。嘉永四(1851)年に帰郷し、神職のかたわら画の制作を続け、明治七(1874)年に他界しています。

 

新潟市指定文化財「新潟入船之図」は、和紙に風景を描いたもので、面面の寸法は縦150センチメートル、横85センチメートルです。画面左下に「明治四年辛未 冬十二月写 魁庵正隆」と記されています。掛け軸にされており、その箱書きには「新潟入船之図」と記されています。 遠景に佐渡・粟島を配し、はるか遠くから新潟を目指してやって来た北前船三隻が、湊口で帆を下ろして停泊している光景を描いています。三隻の舳先に黒く垂れる「下がり」は、湊へ入る船が儀礼に垂らす習慣でした。三隻の手前に浮かぶ小舟、浜辺の漁師がこの画を動きのあるものにしています。画面下半の描写は細かく、当時の光景をよく伝えています。  この画は松崎の小島家の所蔵である。魁庵の画では外に、嘉永四年作の絹本墨彩「白梅図」が、川村奉行関係資料として市文化財に指定されています。指定:市町村
種別:有形文化財(絵画)
員数:1幅
時代:明治4年
所有者・管理者:個人蔵
指定年月日:昭和51年11月2日

 

南画(なんが)とは、中国南宗画の影響を受けた日本固有の絵画様式で、文人画(ぶんじんが)とも呼ばれます。漢詩文の素養のある人々に支持され、江戸中期から明治にかけて発展しました。