自分番付 銘鑑の魅力

こんにちは、万年青の豊明園です。

皆さん、相撲の番付は見たことがありますか?横綱、大関、関脇、小結と順に書かれている、いわゆるランキングのようなものです。300年近く前の1700年代前半には相撲の番付は作られており、それを元に、私たちの万年青や、歌舞伎役者、温泉、遊女など様々なものが番付にランキングされてきました。という格下が格上を破ってしまう、番狂わせ、もこの番付から来ています。

万年青も番付、または銘鑑といわれる番付があり、金文字、最上段、三本柱などランキングを作っています。ですが、その番付表は広く品種を拾うために数が大きくなりすぎる欠点もあります。

そこで、自分サイズの番付を作ってみませんか?これがあると、自分の好きな万年青の羅針盤ができ、自分らしい万年青を棚入れしていくことができます。

作り方は簡単、好きなものを紙でもエクセルでも、書き出していって、並べるだけです。

 

 

滝山東照宮 岡崎

岡崎 滝山東照宮 おもと

だんだんとおもとの趣味者さんが増えてきました。
入門品種から高級品まで楽しむ方が大勢見えます。
引越しおもとや、お正月の生け花でも使われるおもと。
そのおもとは、観葉植物として『緑の宝石』のように楽しまれています。
徳川家康がお宮参りをした岡崎 六所神社
滝山寺三門
 愛知県岡崎市 豊明園から30分の場所
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滝山東照宮
国・重要文化財  愛知県岡崎市滝町山籠107 
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本殿、幣殿、拝殿、透塀、鳥居、水屋などが重要文化財に指定されています。滝山東照宮は徳川三大将軍家光によって、正保二年(1645年)~三年に建立されました。
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極彩色金鍍飾金具の社殿は豪華を極めています。
造営奉行は竹中重常です。
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徳川の家紋が入った燈籠 イメージ 5
極彩色金鍍飾金具の社殿は豪華を極めています。
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西側から見たところ。
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滝山東照宮は久能山・日光と並ぶ日本三大東照宮の一つとされています。
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青木氏また大発見! 医王山 一畑寺 一畑薬師 | 万年青の彫刻 | 島根県出雲市 | 庭の万年青

青木様への感謝

この度は、素晴らしい情報を教えてくださり本当にありがとうございました。

お陰様で万年青の彫刻一覧にも一つ増えました。

万年青の歴史を私たちで解き明かしてみませんか?

万年青の歴史を深く知ろう、素晴らしい万年青の世界を知ってもらおうと豊明園は100年以上、亀の足で地道な活動を続けています。特に万年青の歴史というテーマでは家族でやっている豊明園では時間もお金も知識もすべてが足りていません。

日本の神社、どの山に万年青が自生しているのか、古い有田焼などの万年青の陶器、日本や中国の薬草書、世界中の美術館にある万年青の彫刻、着物、陶器など、なんでも構いません。万年青の歴史が分かる資料を一緒に調べてくださる方を募集しています。

 

医王山 一畑寺 一畑薬師 | 万年青の彫刻 | 島根県出雲市

 

 

 

こちらにもよく探せばありそうだったのですが、見つかりませんでした。

 

水木しげる先生も!!!

 

 

こんな風に、隠し彫刻のように万年青が彫ってあります!!

 

 

この彫刻のレベルの高さ!職人の技!

 

 

 

 

 

 

どれも素晴らしい万年青ですね。

萬年青の酒器・陶器

萬年青の酒器   不老長寿 
豊明園初代 水野淳治郎 還暦祝の記念品 「深川製磁製」酒器
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萬年青の酒器   不老長寿 
豊明園初代 水野淳治郎 還暦祝の記念品 「深川製磁製」酒器
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萬年青のお皿  長寿 萬年青
豊明園初代 水野淳治郎 還暦祝の記念品
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豊明園の石碑
豊明園二代 水野淳蔵還暦の時
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おもと さかずき
釉薬は辰砂(しんしゃ)釉です。窯元は西尾市の石川窯で作りました。
平成7年  第50回記念 日本おもと名品展(三河ひがきホテル)で宴会の時の杯として皆様に配った品。
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おもと さかずき
釉薬は辰砂(しんしゃ)釉です。窯元は西尾市の石川窯で作りました。
平成7年  第50回記念 日本おもと名品展(三河ひがきホテル)で宴会の時の杯として皆様に配った品。おもとの絵は沢田重充(日本おもと連合会の事務長)
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おもとの急須
愛知常滑の昔から懇意にしている作家さんに作っていただきました。
おもとのつまみが可愛らしいですね。
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おもとの急須
裏には萬年青とほってあります。こういったものも、おもと趣味の楽しみですね。
おもとの蕎麦ちょこ  湯のみ
魯山窯は、鍋島藩窯の流れを引き継ぎ、色鍋島の伝統技法を守り続けられている窯元です。
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おもとの蕎麦ちょこ
魯山窯 「第59回日本おもと名品展」 を開催した時に使った物。
平成16年11月13日14日
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薩摩焼
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薩摩焼
鹿児島大会の記念品 昭和37年(1962)10月25日~30日  
吉田内閣の官房長官 鹿児島萬年青会会長 迫水久常氏
鹿児島市の山形屋デパートで「全国おもと名作展」が開催、大葉おもとが
脚光をあび、その後ブームを播き超しました。
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おもと美人と着物

おもとは万年青と書き、万年の繁栄を現す

江戸時代を始めるにあたり、徳川家康公が万年青3鉢をその身にたずさえ、最初に江戸城に入城し、床の間に飾り繁栄を祈願した
おもとの花言葉
厳しい冬でも常緑なことから
「永遠の繁栄 「長寿
心をこめた贈り物に最適のおもと

おもと美人

江戸時代から万年青と美人はよく合います。おもと美人画を見たことのある人も多いでしょう。華のある獅子を、短冊家の吉祥鉢に植えて

万年青の花言葉が、【長寿】と【永遠の繁栄】なので、長寿の祝い、結婚式、新築、引越し、お正月と祝い事に用いられます。

天福の霊草として、いけばなでは使われています。

 

 

 

おもとをもつ美人図

おもとの人気運動で宣伝に使っていました。

そこまでして品種を愛した豊明園初代

新成人 不老長寿のおもと新生殿 おもと着物友禅染め

 

成人式
お祝いおもと・引っ越しおもと 
 
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お祝いおもと・引っ越しおもと
縞獅子 
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おもと  着物

横山大観のおもとの着物
南天に万年青
第65回日本おもと名品展 東京大会
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南天に万年青 横山大観
財団法人 横山大観記念館より
昭和初期に大観夫人のために仕立てられたもので、
横山大観自身がデザインした
東京大会の入口にて展示して頂きました
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南天に万年青 横山大観
財団法人 横山大観記念館より
着物の裏地に万年青を描いたところに江戸の粋を感じます
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 南天に万年青 横山大観

財団法人 横山大観記念館より
このデザインの原画も現存している
万年青が昔から縁起物として
大切にされてきたことがわかります
この着物はとても有名だそうで、
私も東京上野の博物館(東京国立博物館)で
横山大観展をみたとき、数々の代表作にと一緒に
この着物が飾ってあり感動しました
 
横山大観 wiki
横山 大観(よこやま たいかん、正字体:大觀、1868年11月2日明治元年9月18日) – 1958年昭和33年)2月26日)は、日本美術家日本画家常陸国水戸(現在の茨城県水戸市下市)出身。近代日本画壇の巨匠であり、今日「朦朧体(もうろうたい)」と呼ばれる、線描を抑えた独特の没線描法を確立した。帝国美術院会員。第1回文化勲章受章。死後、正三位勲一等旭日大綬章追贈された。茨城県名誉県民東京都台東区名誉区民。本名、横山 秀麿(よこやま ひでまろ)。
1868年(明治元年)、水戸藩士・酒井捨彦の長男として生まれる。府立一中、および私立の東京英語学校の学齢時代から絵画に興味を抱き、洋画家・渡辺文三郎に鉛筆画を学ぶ。1888年(明治21年)、母方の縁戚である横山家の養子となる。東京美術学校を受験することに決めると、急遽結城正明、狩野芳崖などに教えを受ける(その期間は2、3か月程度だったと言われる)。また、受験の際は受験者数300人中、 200人が鉛筆画での受験をし、しかも彼らは有名な師に何年も教わってきたと聞くや、試験の直前に鉛筆画から毛筆画への試験の変更を申請、見事に東京美術学校へと合格した。1889年(明治22年)、東京美術学校に第1期生として入学。岡倉天心橋本雅邦らに学ぶ。同期生には菱田春草下村観山西郷孤月などがいる。
戦後の1951年(昭和26年)に日本美術院会員を辞任、同年に文化功労者となった。大観は1958年(昭和33年)2月26日、東京都台東区にある自宅にて89歳で永眠した。大観の永年に渡る日本美術発展への貢献により正三位に叙せられ、勲一等旭日大綬章を贈られた。なお、は現在もアルコール漬けにされた状態で東京大学医学部に保管されている。

ゼニゴケ

ゼニゴケ
 
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裏側の中央より根を伸ばし、地表に密着する。おもとのコケの部分に覆い水の通りを悪くする。
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ゼニコケ
退治方法  アルカリに弱い
酢・展着剤・バケツ・噴霧器又は如雨露
豊明園では酢を2~3倍に薄め展着剤を入れ散布します。
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ゼニコケ
二日目  色が変わってきました。


1697年 農業全書 日本最古の農書 宮崎安貞著 序文は貝原益軒

農業全書』(のうぎょうぜんしょ)は、元禄10年(1697年)刊行された農書。出版されたものとしては日本最古の農書である。

 

全11巻あり、1巻から10巻は、元福岡藩士の宮崎安貞(みやざき やすさだ)著。11巻は貝原益軒の兄貝原楽軒著で付録である。序文は貝原益軒。刊行には貝原一族が深く関わっていた。

明の『農政全書』に多く知識を得ながらも、日本の事情に合うように執筆されている。植物の絵入りで、五穀・菜・菓木など当時栽培されていた植物がほぼすべて網羅されている。ただし、筑前藩をはじめとして西日本を巡回し、それを基とした執筆のため、栽培適期などは西日本に適合している。また、農業政策の一環として、農民に薬種の栽培を奨励するなど、国益思想を具体的に論述している先見性も評価されている

最も体系的な農書という評価を得ており、日本の農業に与えた影響は計り知れない。明治に至るまで何度も刊行され、多くの読者を得ただけでなく、本書に影響・刺激を受けて執筆された農書が数多く存在する。現在でも岩波文庫から出版されている。

 

  1. 農事総論 90条
  2. 五穀之類 99種
  3. 菜之類 96種
  4. 菜之類 923種
  5. 山野菜之類 98種
  6. 三草之類 91種
  7. 四木之類 94種
  8. 菓木之類 97種
  9. 諸木之類 95種
  10. 生類養法 93種 薬種類 922種
  11. 付録

水戸の徳川光圀は、「これ人の世に一日もこれ無かるべからざるの書なり」と絶賛し、八代将軍徳川吉宗座右の書に加えたほどであった。

 

徳川 光圀(とくがわ みつくに)は、常陸水戸藩の第2代藩主。「水戸黄門」としても知られる。 水戸藩初代藩主・徳川頼房の三男。徳川家康の孫に当たる。儒学を奨励し、彰考館を設けて『大日本史』を編纂し、水戸学の基礎をつくった。

 

 

 

農薬がなかったころ、アブラムシなどの害虫や病原菌の殺菌にも灰を用いていました。江戸時代の1697年(元禄10年)の「農業全書」には、灰がなければ、そばと大麦を播いてはならない、とまでいわれ、ことに小麦には灰肥が最もよい。麦の肌肥に混ぜて入れれば、寒さを防ぎ、生育もよくかんも堅くしっかりしていて倒伏することはがない。と灰の効能を紹介しています。

 

 

 

 

「農業全書」 著者は宮崎安貞。京都遊学の際、農業に詳しい儒学者の貝原益軒と出会い、農業について学んだことがきっかけで、その後は自ら希望して農業に従事することを決めた。やがて安貞は、大蔵永常(おおくら・ながつね)、佐藤信淵(さとう・のぶひろ)とともに江戸時代の三大農学者と呼ばれるまでになった。安貞は農耕のかたわら農業技術の改良に努め、全国各地を回って経験豊富な老農からノウハウの聞き取り調査を行いました。その40年の知見、自分の経験をまとめたものがこの「農業全書」。

・第1巻 農事総論
・第2巻 五穀之類
・第3、4巻 菜之類
・第5巻 山野菜之類
・第6巻 三草之類(ワタ、藍(あい)、タバコなど工芸作物)
・第7巻 四木之類(茶、漆、楮(こうぞ)、桑)
・第8巻 果木之類
・第9巻 諸木之類
・第10巻 生類(しょうるい)養法(家畜、家禽(かきん)、養魚)・薬種類

・第11巻 附録(農民の心得)

 

 

 

日本語訳 他のサイトへ飛びます

 

 

感謝 国会図書館

 

 

 

 

 

 

奇跡の星の植物館

奇跡の星の植物館 おもとの展示

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奇跡の星の植物館

和物の展示
おもと

淡路島の淡路インターの から車で10分、淡路夢舞台という場所があります

緑と花の複合施設で、
この植物館や、百段園という百段の花壇、
ウェスティンホテル、
総合会議場もある

奇跡の星の植物館
入館料600円

淡路島は昔からリゾートだったのでしょうか
美しい施設もたくさんあります

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兵庫県立
淡路花さじき

今が一番いい時期なのか、
テレビ局もきて美しい景色をとっていました
観光客が多すぎて、
駐車場がない

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アメリカの留学生たちが作った
和物とデザインの融合

おもとを非常に気に入って、
タコツボに入れていました
毎日足を運んで自分で管理

完全な和の庭園やデザインは
京都や日本のどこでも和の庭園を探せばあります

ちょっと違った切り口で和物をつかい
海外の人に人気がありました

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人形浄瑠璃と花見
人形浄瑠璃がやられるそうです

他の植物館にはあり得ない展示、
オリジナルな展示が
日本中だけでなく、
世界からの人を呼んでいるようです

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江戸時代の歌舞伎役者 三代目尾上菊五郎
三代目尾上菊五郎は菊屋万平(きくやまんぺい)菊と万年青を好んだことから、植木屋松五郎(うえきやまつごろう)盆栽を好んだことから、と大の植物好きの200年前の歌舞伎役者でした。
彼の関係した浮世絵には万年青や松、松葉蘭など多くの植物との浮世絵が現代に残っています。
相方の役者がおもとと呼ばれ、何かあるのかと思ってしまいます。
この展示は淡路島奇跡の星の植物館でデザインされたものですが、当時の200年前の植木夜店の様子をみてみましょう。
三代歌川豊国 「四季花くらべの内 秋」1853年 約165年前 をそっくりと再現されています。
実はこの絵だけでも重要な意味をもち、当時、世界でもこれほど園芸が盛んで、将軍から庶民まで楽しむ園芸「文化」が育っている日本は驚嘆に値します。
絵の中に万年青が多くあるのも私としては嬉しいところです。
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徳川家康公が楽しんだといわれる伝説のおもと、永島や、珍奇おもと、江戸のおもとを中心に。菊五郎のための浮世絵が左にありますが、こちらでは小万年青、今の羅紗おもとを紹介しています。富貴蘭と比べても小さいので、かなりの小型万年青でしょう。
これらの浮世絵やそれを再現したディスプレイで200年前の日本の園芸文化の高さや、どんなものが流行だったのか、どんな鉢で、どんな用土で楽しんでいたのか、床の間で楽しんだのか、玄関先で楽しんだのか、などいろんなことが想像でき、興味が尽きません。考えさせられる面白い展示です。
奇跡の星の植物館写真 辻本氏写真
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マツバランやセッコク、風蘭とともに萬年青。江戸の中頃からは万年青と書かれることが多くなりました。万を萬として、萬年青として書物にもでてきます。
手前は世界が認めた、日本の育種の凄さ 菊
日本人のとことんまで追求していく、少しマニアックな特徴と植物の育種、品種改良は相性が良かったのか、江戸時代の園芸文化は世界一のレベルと言われています。

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奇跡の星の植物館
多肉植物が人気ですね

おもとは日本の多肉植物と
言われています

子供教室

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奇跡の星の植物館
夏休みの親子科学教室
この日のテーマは食虫植物
子供たちは真剣に、不思議そうに見入っています
アメリカのロングウッド庭園でも、イギリスのナショナルトラストの庭園でも、子供たちへの教室は行われています。アメリカでは、ランを一緒に描いたり、匂いをかいだりする教室、大人向けのランの講座、ネット上の講座などたくさんあります。
子供たちにちょっとでも興味を持ってもらえるように、あの手この手で教室を開いています
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子供たちもいろいろで、怖がってなかなか触れない子や、やんちゃにどんどん進んでいっちゃう子、興味のある事にはとことんなんでなんでといってくる子などやってるこちらが面白いです。