万年青の魅力 原種から現代の品種の歴史 初心者の方へ

万年青の魅力

原種の万年青からの変化がすごい

現代の万年青を知らない人にとって、現代の万年青の見ても何が凄いのか、変わっているのかは分かりにくいと思います。

原種の万年青からの変遷を見ていくことで、現代の万年青がどれだけの進化をこの500年ほどでしているのかを知っていただきたいです。

 

日本/中国原産と言われる万年青の原種は以下の様だったと思います。

原種の万年青はどんなもの?

日本の淡路島 諭鶴羽神社の原種の万年青

また、400年前の万年青の彫刻をみると

九州の英彦山神宮の正面の万年青彫刻

※万年青の彫刻 万年青の歴史を探る手掛かり 古い万年青の彫刻一覧

英彦山神宮 ひこさんじんぐう

 

神社の正面に非常に精密な万年青の彫刻があります

虫食いなども再現されています

外にある彫刻はこの万年青彫刻のみか

 

 

京都の地主神社の万年青彫刻

同じ敷地内の北野天満宮にも万年青の彫刻があります。

 

諭鶴羽神社や400年前の彫刻のような万年青が原種の万年青でしょう。

そこから

同じく、500年前の室町時代 池坊も下のような生け花において大象観を使っていたのではないかと言われています。大象観も原種の万年青の一つといってもよいでしょう。

生け花 「大象観」 だいぞうかん/たいしょうかん 古いので呼び方多数説あり

同じく、生け花で「都の城(みやこのじょう)」も非常に古いと言われ、一説には江戸以前とも

 

これらの原種の万年青から400~600年かかって、現代の万年青に変化してきました。

実親や江戸時代の万年青にその進化/変化の途中の万年青があります。

羅紗・縞甲の変化 玉川竜から新生殿

明治の万年青 「玉川竜・たまがわりゅう」 もしかすると江戸かもしれない

大人気品種、「錦麒麟・きんきりん」の親で、錦麒麟が作出されたのが明治32年なので、少なくとも明治20年代には存在していたでしょう。

この玉川竜を親にして多くの実親もでき、現在の縞甲系や羅紗系の先祖にあたります。江戸時代、玉川竜に似たような縞甲系、羅紗系を生やす実親が何系統もでき、新品種作出がますます面白くなっていきます。

 

新生殿・しんせいでん

羅紗の王様

江戸から続く品種改良でここまで小さく、雅糸竜などの芸をもつものが生まれた。原種から思うととても長い道のり。

 

獅子の変化 江戸時代の玉獅子から現代の五万石

江戸時代からある「玉獅子・たまじし」 11月の写真で実が赤く色づくところ

今の獅子の芸の凄さを思うと、ただ葉がカールしているだけともいえるが、ここまでの変化ができるまでにどれほど時間がかかっただろうか

獅子の原種と言われ、現在では偽物も多く出回り、品自体も非常に少ない

 

獅子 「五万石・ごまんごく

獅子の王者

甲竜、雅糸竜、絹雅糸竜などをみせ、様々な芸がのり、かつ姿も美しい

原種からここまで変化してきた万年青の品種改良の歴史が面白い

 

江戸時代のオモト愛好家にとっての万年青

こういった原種からの変化をみていくと、万年青の品種改良の技術の高さがわかります。

江戸時代の人たちは今よりもっと原種のおもと、引越しおもと、薬草としてのおもと、生け花のおもとをよく知っていたので、万年青の変化、新品種の面白さが良く分かったのでしょう。

現代人にとっての万年青の凄さ 変化朝顔は分かるけど万年青は分からない!??

現代人がいきなり現代の最新の万年青をみても、変化朝顔のように凄さ、良さがなかなか理解してもらえないのもここだと感じています。朝顔は日本人全員知っていて、変化朝顔をみると驚きます。万年青も、原種の万年青をみて、現代の万年青をみると、ほんとに同じ万年青かと思うほどの珍奇な変化をしています。原種の万年青を知らない人にとっては同じ万年青とは考えもしないと思います。

万年青の展示会を全国で行っても、これは本当に万年青ですか?という質問は非常に多いです。また、原種の万年青をしらない方にとっては、羅紗の万年青をみても、これが万年青なんだとなってしまいます。

万年青の原種から新品種が出来ていく驚きの過程を皆さんに知っていただけるように、万年青をこれからも世界中に発信していきます。

 

 

宗碩の虎 宗石の虎 そうせきのとら

江戸残雪 (えどざんせつ) 鉢7.0号 立ち葉で葉巾が広く濃緑色の葉に白い虎が美しく現れる品種。性質は強健で少し日光を取ると白く柄がはぜます。古典品種、数が少なくなっています。 江戸時代鹿児島に伝わる珍しい品種。江戸時代の千駄ヶ谷(現・渋谷区)に住まいの医師・高坂宗碩氏が紹介したことからその名があります。
播磨明石藩主・松平平衛督直昭候の江戸屋敷で『宗碩/宗石』に虎斑が出たと伝わっています。参勤交代時に江戸から鹿児島の島津藩へ持ち帰って愛培したことから『江戸残雪』の別名で呼ばれています。

『江戸残雪』を参照

万年青(おもと)の別名は?

万年青は日本で様々な使われ方をしてきたので別名が多い

万年青(おもと)は、古くは薬草として、また、引越し万年青やお祝い万年青、生け花としても用いられてきた歴史があります。また、雪隠万年青(せっちんおもと)のように、外のトイレの脇に万年青を植えることで不浄な場所を清浄にする、という意味合いや、引越しの際にまず万年青を植える、入れることや、屋敷の鬼門の方向に万年青を植えるなど、風水でも大切にされた植物でありました。万年青の使われ方が様々なので、実は別名も非常に多い。植物の中でも一番なのでは?と思っています。

今、私たちが楽しんでいる園芸としての万年青は江戸時代の園芸ブームで大きく花開いたものです。

日本での別名

日本では、万年青、萬年青、霊草、老母草 冬不凋草 不老草 レイロ・リロ(藜蘆、藜芦、莉蘆、黎蘆)、縁起草、吉草、長寿草、辛抱草(しんぼうぐさ)、イワラン、於茂登、御許、ともよばれています。

万年青が常緑、長寿で生命力のあることから、万年青、萬年青、長寿草

冬も枯れない常緑から、冬不凋草、万年青

毎年下葉は落ちるが、同じように新芽がでて姿は変わらないことから 不老草

実が付いたとき、母(古い葉)が子(新しい実、葉)を守るように育つため 老母草

冬、他の植物が葉を落とすときも力強く常緑の葉が長く楽しめたことから長寿草

常緑で長寿なことや、風水として大切にされたことから縁起草、吉草、霊草

万年青を遊ぶ時、辛抱して増やしていけばいつか報われるというところから辛抱草

古くの薬草書からレイロ・リロ(藜蘆、藜芦、莉蘆、黎蘆)

原産と言われる地名から於茂登、御許  於茂登山、御許山がある

Wikiより 於茂登岳(おもとだけ)は、沖縄県石垣市にある標高525.5メートルのである。地元ではウムトゥダギと呼ぶ。『球陽』では宇本嶽宇茂登嶽と記されている[1]。於茂登岳は沖縄県の最高峰で、正保年間の『正保国絵図』に名前が記された琉球で唯一の山である。 古くから霊山として信仰の中心的存在であり、山名の「ウムトゥ」は「島の大本」を意味するともいう[1]。『

 

 

万年青の花言葉

(長寿) (母性の愛) (永遠の繁栄) (長命) (崇高な精神)

 

万年青と付く他の植物

万年青が古くから大切にされ、また姿が特徴的なので、他の植物にも万年青とつく植物があります。

砂漠万年青 奇想天外 ウェルウィッチア

紫万年青

濱万年青 浜万年青

眉刷毛万年青

 

 

中国では

万年青 マンネンチェン 冬不凋草(常緑で冬に枯れないことから)

中国では古くから薬草として用いられ、日本と同じく、原産地でもあります。

漢方では

和漢薬、和漢方、漢方では、万年青根、万年青葉、万年青実として使われます。

英語名・学名は

学名のRohdea japonica Roth

Nippon Lily

Japanese Sacred Lily

日本で神聖に扱われていた植物として伝わっています。

公益社団法人 日本おもと協会 三河支部について

公益社団法人 日本おもと協会三河支部について

基本情報

公益社団法人日本おもと協会三河支部

会長  志賀 孝司

事務所 豊明園内 水野雅章

電話 (0564)51-4714

年会費

13000円(協会本部10000円+支部会費3000円)

入金口座は初回は豊明園にて代理しています。

次回以降は新年会、おもとを楽しむ会、三河おもと名品展などで会計にお願いいたします。

・ゆうちょ銀行 総合口座

○ゆうちょ銀行からのお手続きの場合

記号 12100 番号 74048291 名前 ユウゲンガイシャ ホウメイエン

○他行からのお手続きの場合

店名 二一八 店番 218 預金種目 普通貯金 口座番号 7404829

・ゆうちょ銀行 振替口座(入金確認までに1週間ほどかかります)

豊明園  00890-4-14721

・銀行送金

三菱東京UFJ銀行 岡崎駅前支店718(普通貯金) 616822 有限会社豊明園

特典

・萬年青銘鑑(3部作)

・年3回の会報(萬年青)

・年2回おもと展示会出品

主な活動

・1~2月  新年会 (会員との親睦・おもと展示会) 役員会

・4月第3土日 春おもとを楽しむ会  岡崎市 農遊館

(会員と三河おもと同好会の丹精込めた作品を展示・即売会)

・8月  役員会

・10月第4土日 秋 三河おもと名品展 岡崎市 農遊館

第92回三河おもと名品展 展示会風景

(会員と三河おもと同好会の丹精込めた作品を展示・即売会)

10~12月 他支部の見学会

11~12月 全国大会

・12月 忘年会

 

◎入会の申し込み、お問い合わせは

事務所 豊明園内 水野雅章

〒444-0813

住所 愛知県岡崎市羽根町鰻池165

電話 (0564)51-4714

江戸時代に作出、発見の万年青 一覧

徳川家康公が江戸城に持って入った「永島」

別格の江戸万年青

万年青は大葉、中葉、小葉(羅紗)と様々な2000種ほどの品種があります。その中でも時代時代で、流行りすたりを乗り越えてきた現在残っている品種は、特別な魅力を持ち始めます。特に、歴史の審査をくぐり抜けてきた江戸時代のおもとは別格で、万年青から江戸の香り、殿様や大商人、町人たちの息づかい、万年青熱までが漂ってくるよう。江戸万年青だけをコレクションする江戸マニアはもちろん、志のある方はそれを保存、普及させるために江戸からのお祝いや引越し万年青として植物好きな友人にプレゼントしています。

江戸万年青 入手難易度

現在数があり、簡単に楽しめるものから、縁がないといくら1000万と大金を積んだところで入手できない超レア品まで。歴史を楽しんで、お金じゃないところが面白いところ。

入手難易度 易しい 残雪、日月星、一文字(古今輪)、五大州、富士の雪(古今輪虎)、都の城、根岸の松、大象観、文鳥丸、五大高嶺、宗石、満月、逆鉾、白牡丹(水菜虎)、初笑
入手難易度 中 永島(長島、永嶋、長嶋、長縞)、福包、帽子虎、松の霜、玉獅子、七変化、高隈、白生令、加治木高嶺、太白山(本高隈)、曙、
入手難易度 難しい 江戸紺、金鶏、折熨斗、司鼈甲、紅流(紅骨)、褥錦、黄実おもと、都獅子、乕の子、鯱(日月星の覆輪抜け)、大象観虎、江戸残雪(宗石の虎)、黒葛原
還城楽、折熨斗縞、墨流、東鑑、伏見錦、阿蘭陀、

万年青の古さ

永島 家康の時代の以前

大象観 池坊の万年青はこのおもと 室町時代か 江戸初期に似た形の絵が残っている 江戸時代との説あり

都の城 都城高嶺 都尉 十五代藩主島津貴久公の天文二年(1533)のころまでにはすでに存在したもので、霧島方面の山より出現したものと思われます。駿府の徳川家康公に贈られ、江戸城に移された話も残っています。

一文字 寛政以前

日月星 安政年間

根岸の松 安政4年

高千穂 文久元年以前

文久元年 五大高嶺 富士の雪 五大州【文久元年(1861年)に江戸本所中之郷の幕府御家人・速水氏が「高千穂」の種を播いて作出し、命名したものです。文久3年、浅草寺境内での展覧会に、根岸の肴舎2代目篠吉五郎氏が出品して人気を博しました。慶応元年(1865年)の銘鑑に登載】

玉獅子 天保時代

加治木高嶺 万治年間(明暦の後、寛文の前。1658から1661までの期間を指す。 この時代の天皇は後西天皇。 江戸幕府将軍は徳川家綱) 「御殿高嶺」「御屋敷高嶺」が本名でした。島津家の家宝でたいせつにされていた品 加治木町から一般に広まつたので「加治木高嶺」が本名のようになった

太白山(本高隈) 享保11年(1726)以前か

満月 1860年の銘監に掲載、慶應元年の銘監に西前頭1段目7番に掲載されています。

紅流 江戸後期と推定される

福包 江戸後期

曙 藩政時代

不明 司鼈甲、伏見錦、白生令、黄実おもと、都の城、江戸紺、逆鉾、阿蘭陀、虎(乕)の子、折熨斗、墨流し、白牡丹(水菜虎)、初笑、還城楽、文鳥丸、金鶏、

 

 

 

1000年前の薬草からお祝いおもとや引越しおもと

万年青は1000年前から薬草として国、寺社、民間それぞれで利用されてきた歴史があります。室町時代にはすでにお祝い事に使われる縁起の良い生け花としても利用されます。室町時代に始まる池坊もお祝いの万年青を使われてきました。

江戸時代、徳川家康が最初の江戸城入城の際に万年青を自ら持って入り、万年の繁栄を願い床の間に飾りました。

万年青は元々は人々の病を治す薬草であり、祝いの生け花であり、引越しの縁起物という歴史をもちます。そのため、薬草園をもつ寺社仏閣にて植物のやり取りがあっただろうし、生け花としてもどこどこ産地の細葉や広葉のものを注文して行き来があり、引越し万年青として日本全国に人づてに広がっています。

※中国の神農本草経には1500~4000年前から万年青を薬草として使っている記述があります。

『江戸残雪(当時は「宗石の虎」)』の日本縦断

江戸時代に万年青好きな人々の『江戸残雪』にまつわる話をみてみます。『江戸残雪』は播磨明石6万石、藩主・松平左兵衛直韻の江戸屋敷で『宗石』に虎斑が出て大きなニュースになりました。そこで、万年青好きな島津藩は、参勤交代時にその万年青『江戸残雪(当時は「宗石の虎」)』を江戸から鹿児島の島津藩へ持ち帰って愛培しました。島津藩の武士たちにとって江戸から持ち帰った残雪に似た万年青なので、主に『江戸残雪』と呼ばれています。

江戸時代の参勤交代のときからおもとが日本中と江戸を行き来したという話は残っていて、そんな殿様の話を聞いた宿場町の大将もオモトを楽しんで、代々、宿場町、城下町には万年青と万年青にまつわるお祝い万年青や引越し万年青の風習、文化が残っています。

オモトの分類について ユリ科? スズラン科? キジカクシ科?

オモトは現在キジカクシ科(アスパラガス科)

今までの本にはユリ科やスズラン科として分類されていましたが、

現在キジカクシ科(アスパラガス科)に分類されています。

愛知県名古屋市 熱田神宮そば 鰻の蓬莱軒にて

見た目の特徴ではアスパラガスとの共通点は見当たらないが、進化の過程で分かれてきたと思うと面白い

オモトは従来は「ユリ科」

オモトの科は、従来の植物学では「ユリ科」に分類されていましたが、15年春、「日本花名鑑刊行会」が発行された『日本花名鑑③』では、「スズラン科」に属するということになっています。最新の栃の葉書房山野草図鑑~~では「キジカクシ科」に分類されています。

なぜこのように私たちが愛してやまないおもとの科がころころ変わってしまうのでしょうか?

地中海東部原産のアスパラガス。和名はオランダキジカクシ

 

ユリ科について

ユリ科という科はもともととても雑多なくくりで、「単子葉類(種からの葉が双葉(2枚葉)でなく、1枚葉ででるもの)の中で、一般的に、花被片は、外片3個、内片3個、計6個の花弁状の披片を持ち、6本の雄蕊子房上位などの特徴を持つもの」となっており、これはほとんど単子葉植物の基本です。そのため、非常に多くの属・種を含むグループで、人為的分類群であり、はっきり分からないものをここに分類していました。そういったことから、ユリ科の分類は、学者の間でも議論が長くありました。そのため、分類体系が新しくなるに従い、ユリ科の中の植物は大きくグループが変わりました。

今までの分類について

今までの分類は、主に花や葉の形など、人が直感的に分かる分類をしていましたので分かり易く、今でも、教科書や市販の植物図鑑等でよく使われます。古くから学説が変わり、その目の付けどころで、科や属などが少しづつ変わっていくことがありました。

今の分類について

1990年代以降、DNA解析によってどの種とどの種がどこで分かれて進化したのかが分かるようになり、今までの見た目の分類から、DNAを元にした分類に変わっていきました。このため、おもとはユリ科に属していたものが、スズラン科、そして、キジカクシ科(現在の科)へと変わっていったのでした。

植物の分類体系では、国、県、市、町、村、番地と同じように、大きな順に、「門」「綱」「目」「科」「属」「種」(オモトの分類を参照)という割り振りがきめられていますが、ユリ科は「科」だけでなく、その上の「目」まで変化しています。多くの植物の趣味人にとってユリ科の大改革とも解体ともいっていいほどの衝撃でした。

オモトの分類

遺伝子(DNA)分類の(APG III)を元にして

: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 単子葉類 monocots
: キジカクシ目 Asparagales
: キジカクシ科 Asparagaceae
亜科 : スズラン亜科 Nolinoideae
: オモト属 Rohdea
: オモト R. japonica
学名
Rohdea japonica (Thunb.) Roth

 

キジカクシ科って何?

今回オモトが属するキジカクシ科は、クサスギカズラ科、アスパラガス科とも呼ばれ、かつてはユリ科に含められていた300種ほどの科です。分類の変更で、旧ユリ科から、オモト属だけでなく、ハラン属、スズラン属、ギボウシ属、ヒアシンス属など多くの属が編入され、多くの人がまだまだ慣れない分類になっています。

DNAで分類ができるようになり、ユリ科からキジカクシ科に変わったオモトだけでなく、園芸界に大きな衝撃がありましたが、新しい視点として今までの分類と比較していくのも面白いですね。

APGⅡでは別科とされていたが、Ⅲで同科とされた植物(一例)

ギボウシ類

ユリ科→リュウゼツラン科(APGⅡ)→キジカクシ科(APGⅢ)

ジャノヒゲ

ユリ科→スズラン科(APGⅡ)→キジカクシ科(APGⅢ)

ツルボ

ユリ科→ヒヤシンス科(APGⅡ)→キジカクシ科(APGⅢ)

世界の植物園ではAPGⅡでもきちんと分類されている、ということでAPGⅡで分類している植物園(エディンバラ植物園など)も

分類 (APGⅢ)とは?

APG (Angiosperm Phylogeny Group 被子植物系統グループ) とは、植物を葉の形などの見た目で分類をするのではなく、DNAを解析して分類していく植物学者の団体である。「APG分類体系」とも呼ばれ、1998年に登場し、2回改訂されているのでAPGⅢ。最新の分類法とされていて、この分類法に従い、オモトはユリ科からキジカクシ科に変更した。

水苔の育て方

 

水苔の育て方

 

生育環境

水苔は日本に広く自生しているものですので育てやすく長時間の直射日光を避け腰水を保てば誰でも簡単に育てられます。

育て方

腰水で管理し水を切らさない、勿論水没状態にならないように注意する。
施肥をしていたり他の鉢の水が流れ込む場所では偶に上からよく水をかけて腰水の水を入れ替えるとよく育つ。

日光

半日陰~日陰が良い
直射日光にも耐えれますが時間が長くなるにつれ赤茶色で太く育つ傾向にある
日陰で育てると淡い緑で細く育つ

温度

愛知県平野部でしたら猛暑の2時ごろでも直射でも枯れない。
冬凍結しても問題ありません。

肥料

特に必要ありませんが極薄い液肥を春秋の期間に与えると生長が良い。

湿度

腰水の水分を芽まで吸い上げるので特に注意しなくてもよい。

※育ち背丈が伸びてきて草姿が乱れたら

長くなりすぎると腰水との距離が長くなり給水が追い付かなくなることも
伸びた分を切り取り同じ器に戻せば何事もなく生育します。
根や時期に構わず行っても平気
カットする長さは芽があれば1㎝でも生育できますが生育が遅くなります、できれば5㎝くらい長さがあると生長がはやいです。
腰水の水面から芽までの距離が3センチ以上のが良く生育する。

この育成画像は強めの光で風・霜にもさらしておりますので少し赤がさしております。
光のあて具合等の環境で葉のサイズや色・茎の太さ等変化しますので最適な場所を探してみましょう。

楽しみ方

気軽に管理ができるのでご家庭にあるガラス容器でテラリウムに仕立てても陶器のコップに刺して窓際や食卓に彩を添えても素敵ですね。
古い葉に程よく水や空気を含んでいるので水耕栽培より容易に草木が育ちます育っている水苔に草木を植えこんで楽しむのもアリですね。

購入は

弊園通販サイトで販売しております。水苔販売のページへのリンク

固有種に配慮を

固有種ごとに生育環境・太さや葉の形等異なります、自生地を荒らさないのは勿論、購入したものは自生地に影響を与えないように配慮をお願いします。自然に放たないでください。

おもと鉢 楽鉢

 楽鉢の樂しみ

『古於茂と那よせ』(こおもとなよせ)天保3年(1832年)現在のおもと鉢とは形状が異なる。江戸時代のカラフルな色彩感覚がうかがえる。  幕臣水野忠暁が選び、絵師関根雲停に描かせた。

現在「おもと鉢」とよばれる楽焼鉢は享保年間(1716~1736年)に幕府御 家人、永島次郎太郎墨林が「縁付」という現在のおもと鉢の原型となる鉢を作らせ「白鳄」「黒鳄」と呼んだのが始まりといわれています。しかし、天保3年(1832年)に描かれた『古於茂と那よせ』を見ると、その鉢は有田焼か九谷焼のようで、染付あり金權手ありで、形も丸形、六角形、八角 形とさまざまで、まだ楽焼鉢ではなさそうです。おもとを植えるのに楽焼鉢が主として用いられるようになったのはどうやら京都を中心に「こおもと」が大流行した明治初期前後からではないかと思われます。明治18年に肴舎篠常五郎が出版した『萬年青圖譜』には「万年青盆」を初め「京黒鳄」や「京黒楽」に絵付けした鉢があり、さらには「太鼓胴鉢」も見られます。

金生樹譜別録「カネのなる木」

萬年青部著者 長生舎主人序   天保四年刋(1833年)

現在でも楽鉢は盛んに生産され、さまざまに絵付けされた美しい錦鉢を手にすることができます。形状は基本的には鉢の高さと直径が同じになる「胴返し」という形になっていますが、「縄縁」「太鼓胴」「龍足」など造型に凝った鉢もあり、まるで美術品のようです。おもと専門店や展示会場などで販売されており、目移りするほど多彩な鉢が並んでいます。価格帯もさまざまで、有名な絵付け師の描いた錦鉢は数が少ないこともあり、一際人気があります。ご自分のおもとを引き立てるような錦鉢に植え付け、鉢合わせを楽しみ、おもとの格調をより引き出すことが、育てるから飾る(観賞する)までのおもと愛好の幅の広さともいえます。

五彩八重菊紋白鍔鉢 江戸後期 3.5号

扇面古代絵巻図鉢 3.8号

太鼓胴藤蔓花絵鉢 江戸後期 5.3号

楽鉢•錦鉢には骨董的価値を持つ古鉢があります。現在製造されている楽鉢にも秀逸な作品は数多くありますが、明治から昭和初期にかけて作られた古鉢には、現代鉢にはない古さ•時代乗りがあり、その落ち着いた雰囲気はおもととの相性も良く大変好まれます。現存する数にも限りがあり、非常に貴重ですので、機会に恵まれたなら是非入手しておきたい逸品です。

希有な逸品揃い 古鉢

おもと鉢は黒地に金の縁•足が基本です。真新しい鉢を見ればわかり ますが、艶があり眩しいくらいに金色が光っています。この真新しい鉢 におもとを植えると溌剌と若々しい印象を与え、おもと本来の歴史と重みを感じる落ち着いた作品には仕上がりません。少なくとも数年は使い込み鉢自体に落ち着きのある雰囲気を出させたいものです。

そこで、最近人気なのが、昭和初期以前に作られた古鉢。時代乗りや鉢の持つ雰囲気はいうことなしですが、現代にはない個性的な形や美しい絵付け•色彩が特徴です。現存する数も限られていることから、入手は非常に困難です。値段も少々張りますが、見かけたら是非入手しておきたいものです。

植え付けたおもととの相性も抜群で展示会等では一際目を引く作品になることでしょう。

立湧文様楽鉢 明治時代 4号

松竹梅に鳥図鉢 明治時代 4.7号

古鉢・短冊屋五柳鉢 3.5号

桜花御所車図楽鉢 21.5㎝ 明治時代後期作

春の麗らかな桜咲く日の御所車という晴れやかな情景を描いている。五色の幕も亀甲や唐草、立湧といった吉祥柄を組み合わせたもので全体が明るい雰囲気に仕上がる。現代の名作家布施覚氏もこの鉢を写して春と秋の御所車を完成させている。東京の有名な歯医者さんが豊明園2代目淳蔵と仲が良く、特別に分けて頂いたもの。この古鉢が特徴的なのは金継ぎです。日本ではものを大切にする文化がありますが、割れてもこうして大事に使ってゆくことで鉢の価値もまた高いものだったのでしょう。

割れた器を修復するだけでなく、以前よりも価値のある味わい深いものにしてくれる金継ぎ。物を大事にする日本の文化として残していきたいです

三色雲富士龍図楽鉢   直径14.4㎝ 高さ 13.7㎝ 大正前後

三色の雲の中を黄金の龍が翔ける様子を描いたもの。迫力のある爪、隆々とした脚、赤い腹、大きな口からは咆哮が聞こえてきそうなほどである。金の鱗や角も丁寧に細かく描いてある。

昭和三年に新潟の石油王中野忠太郎氏に1万円にて譲渡された有名な写真ですが、その時の記念の写真と龍の構図をほぼ同じに破れ亀甲が三色の雲と対応するように描かれています。これらからこの出来ごとの前後か、鉢の状態からもう少し古いものではないかと考えられています。

米1俵10円60銭

鋏あとは足についていて、意匠にくぼみがつかないようにしている。

 

光陽(こうよう) 霰青海波短冊模様鉢 4.5号

 

おもと鉢  七々子鉢

楽焼 錦鉢 七々子

細かな七々子。職人技です。古鉢にはまれにここまで、さらにはもっと細かなものまであり、ただ一つの柄ですが、職人は腕をみせる場所。 逆に、ごまかしの利かない、実力が分かってしまう場所でもあります。おもとを引き立たせる、美しい錦鉢の世界。

翠峰(すいほう)

伝統的なおもと鉢に植えて      鉢はナナコ・七々子・ 魚子とも魚の卵をイメージしたのか、子孫繁栄や生命の誕生を喜ぶ、一見地味だが深い意味のある鉢の柄

鮮やかな緑で目を開かせる、中型の小葉 こはラシャとも縁起の良い熨斗芸を中心に、直線的な葉が扇を広げたように放射状に伸び、姿美しい覆輪は時に深く、時に浅く入り、鮮やかな翠とのコントラストが美しい

楽焼 七々子古鉢

外形 約13.7cm時代ついている
※古鉢は古く歴史の有る鉢です。使ってあるものが殆どで状態がさまざまです。小さなキズ、入、汚れ、ホツ等がある場合がございます。

楽焼は天正年間(約400年前)に始まる日本独特の焼き物です。楽焼は《急熱急冷》という特殊な焼成方法をとります。急熱急冷だから、鉢に細かな 微細な穴ができ、通気を良くしています おもと自体、非常に歴史のあるものですが、常に新しく子供を産んでそれを楽しんでいるのでぱっとみは時代を感じられないこともあるかと思います。この古鉢は一目で古さがわかるわかりやすさと、当時の作家のタッチがわかる七々子の表情が魅力です。

形に違和感を持った人もいるかと思います。現代のおもと鉢というと、もっと胴すぼまりで、このようなぽってりとした胴の鉢はみるのも初めての方もいらっしゃるでしょうか。万年青の歴史にも載っていますが、江戸時代の鉢はこのような鉢も使われていて、今のおもとにもぴたっと合います。実は非常に伝統的で、歴史のある鉢。

万年青の鉢は江戸時代の浮世絵にものってきますが、時代の最先端の人が使ってきた鉢なので、いろいろなものが使われていますその中で楽焼の今の形に落ち着いたというのも面白いですし、今またもう一度歴史を振り返って、この七々子古鉢のような丸胴鉢や瀬戸焼、伊万里焼の鉢に合うのかも試してみると楽しいですね。奇抜な鉢を試すのもまた一興。その中でもこの鉢はおもとと抜群に相性がいいので、ぜひ一度手に取ってみてください。

おもと鉢の柄 七々子(ななこ)

古くから使われるおもと錦鉢の柄。もとは、小さな輪の文様の集まりが、魚の卵を連想させる事から、「七子」「魚子」「斜子」などの字があてられている。古くからある柄のようで、延宝六年(一六七八)の加賀藩の工芸標本『百工比照』の中に、「ななこ」の名称が見られる。また小浜藩の藩医が延宝年間に記した書物にも「魚子塗」の言葉が見える。鉢の柄は渋く、おもとを引き立てる、ということで古くから愛され、使われてきた。単純な柄ゆえ、その作家さんの技量もでて、素晴らしい物は古いものはもちろん、新しい物も価値が高い。格子の中の点である、金の絵具は、絵付けの時は黒く、地の鉢も黒鉢で、必ずといっていいほど目残しがある。手間も非常にかかる鉢でもある。

古くからあるので、描き方も様々。

 ハート形の文様に金点を打った。

七々子柄の多くは、常の鉢にも使われている今も、普段使いの鉢をすべて縁足金鉢(縁と足が金の鉢)や、錦鉢で楽しまれる方がいらっしゃいますが、昔もすべて七々子でおもとを作っていた方はいたそうです。おもとの友人が遊びに来た時は、錦鉢に植えたおもとを、玄関や、床の間に飾って語らいだり。自分の部屋に飾るのも、やはり錦鉢だと飾りやすいですね。

楽焼 六角の鉢  七々子で楽しむ

おもと鉢は、江戸時代の後期に、今の黒鉢の型が決まったと言われているが(諸説あります)、その昔は様々な鉢に植えて楽しまれてきました。江戸期のおもとを植えられていたと思われる鉢にも、六角の鉢はでてきます。

 

手島風の七々子

白い部分、金色の部分も盛り上げてあり、立体感のある七々子鉢。7.9㎝という超小型の鉢。小さすぎて、手捻りでないとできず、難しい。絵付けも難しいです。おもとの実生鉢としてだけでなく、他の園芸植物、長生蘭(ちょうせいらん、セッコク)、富貴蘭の方もこういった鉢を求められます。また、海外の方も鉢の好きな方が多いです。

おもとの鉢について 縁足金

おもと鉢について  

新生殿 (しんせいでん)

おもとでは、多くの趣味者が鉢も楽しむことが多いです。それは、展示会のため、というだけでなく、自分の部屋や玄関など、飾るときに美しくみせるためです。

古く、徳川家康公がおもとを楽しんだり、殿様、諸侯がおもとを楽しんだ時、そのためにわざわざ鉢を焼かせるほど、鉢にはこだわりをもっていました。室内のしつらえに合わせるためなのか、床の間に合わせるためなのか、非常に素晴らしい鉢が残っています。

万年青は室町や江戸時代では盆栽とも呼ばれていて、盆は鉢、裁は植物を現します。ただの盆、鉢だったのが、だんだんと装飾を施されるようになり、今の鉢文化に繋がっています。

江戸時代終わりごろの書籍には、おもととともに鉢を楽しむ姿が描かれています。

現代では、いつ、どれを部屋で楽しんでもいいように、化粧鉢や錦鉢とよばれる鉢で作られる粋な方もいらっしゃいますが、多くの方が黒鉢、プラスティックの鉢を使われていると思います。それでも皆さん、正月や、春や秋の植え替えの気候のいい日には錦鉢に植えて、将軍様が楽しんだように、おもとを愛でています。

縁足金 (ふちあしきん)

縁足金(ふちあしきん)

又は略して縁金(ふちきん)ともよびます。
3つ足ふち有りの伝統的な形・製法の黒鉢の縁と足に金を焼き付け物。
製法
整形・乾燥→800度素焼き→釉薬掛け→1200度本焼き→赤熱状態のまま水につけ急冷焼締めを防ぐ
上記製法により生地の内部や釉薬に細かい隙間ができていて、鉢自体に適度な通気・保水性があります。根の生育によいとされ古くから万年青の育成に使われている伝統鉢。

おもと鉢のサイズ

製造過程で縮む物なので工業製品と違いある程度のサイズの上下はご了承ください。1号=3センチです、例えば3号ですと9センチ※目標寸になります。

オモトの鉢のサイズは鉢の外、外側で計ります、サイズは12.5㎝

おもと鉢の大きさ

オモトの鉢は高さと幅が同じサイズで作られています。号数は大きい鉢になるほど誤差が出てきます。気温や湿度、土により誤差ができます。

楽鉢の薄さ、通気性について

おもとの楽鉢、通気性がいいとは聞くけど、黒く厚いぼてっとした釉薬をかけて本当に通気性がいいのかな?と思った人は私だけではないはず。それでもおもとを育てていくと自然と根はまず鉢のへりに張り付くように伸びてゆくし、空気も通って環境は良いのだろうなとは実感できるようになってきました。

それでも実際を見てみるのが一番早い。ということで、ちょうど割れた鉢があるので見てみましょう。その薄さにはびっくり。縁や足とは比べ物にならないほどの薄さ!近づいてよく見てみると、割れた断面の生地が層になっていて、空気を含んでいるような感じです。ガラス質の黒の釉薬は楽鉢独特の製法、1200度から一気に外気にさらす急熱急冷で目に見えないような細かなひびが入って、そこも通気性を良くするポイントです。通気性が良いということは軽いということ。楽鉢は他の陶磁器と比べ持ってみると見た目よりずっと軽いです。

昔から気品と共に大切にされてきたおもとの楽鉢。上作にも一役買っています。作だけでなく、作の一助になりますように、自分の楽鉢を割るのももったいないので、この写真で薄さを実感してください。

ミルフィーユ 砂と粘土が合わさった生地ででぼこぼことしている。自然と根の多くは鉢のへりに張り付くように伸びてゆくし、空気も通って環境は良いのだろうなとは実感できるようになってきました。なかなか見れないものなので、是非ミルフィーユのような生地は層のようになっていて、ちょうど間の悪い所に、 たまたま鉢の整理をしていましたら割ってしまい、ました。

サナ
鉢底の穴は大きく商品に付属するオレンジ色の「サナ」と呼ばれるもので塞ぎ植えつけます。

※写真は代表写真です、号数により若干形状が異なります。また同じ号数でも手作りの焼き物なので形状・サイズにばらつきが御座います。
※弊園でも消費しておりますので正確な在庫管理のため少数しか在庫登録しておりません登録在庫以上必要な場合や大きなサイズの注文なども御注文・お問い合わせよりご相談ください。

 

粋な趣味者の友。

楽の良さである黒を主体に、縁と足だけ金を使ってある。全国大会に使える一番シンプルな鉢ともいえます。金がおもとの額縁になってくれるので、おもとがよく引き立ち、また締まった印象を与える鉢です。昔の殿様のように色絵付けの鉢ですべてのおもとを着飾るのも一興。また、この縁足金のようなちょっといい鉢でお棚を揃えて、きりりとした御棚の印象にしてもいいですね。通気よく、根張りがよくなる楽鉢にうえて。