第1回韓国万年青愛展示会

2012/11/06

初めて韓国で開催される

第1回韓国万年青愛展示会

2012年11月3日4日

大会開催場所 : 釜山市民会館(부산시민회관) ショールーム(전시실) 2F

住所 : 부산광역시(釜山廣域市) 동구(東區) 범일2동(凡一二洞) 830-31

051-630-5200 http://www.citizenhall.busan.kr/

第1回韓国万年青愛展示会 テープカット

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日本おもと協会会長を受賞された雀福瑢さんと記念写真

豊明園三代目水野雅章 2008年に韓国に訪問した時、第一回目の展示会に出席するとのお約束が果たせました。

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日本おもと協会会長賞

おもと 新生殿(しんせんちょん)

雀福瑢

日本のおもと全国大会に入賞できる素晴らしい作品

3年葉も保ち立派に出来上がる。おもと歴6年の作品

 

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大会会場入り口このようなお祝いの花 

釜山ロータリー・釜山MBCテレビ・釜山タクシー協会・

釜山環境協会・釜山競輪協会・他からの花輪 入口中にも沢山の花輪。

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立派な花台(済州島の古民家の入口のドアを花台に加工してあります)

展示品の数はソウル他から7か所全国で25名の出品参加で160点の展示。

現在韓国では100万以上買うお客様は全国で5名ぐらいおもとマニアのお客様は100名それ以外の大衆品を作っているお客様は10万人これからが楽しみです。万年青鉢も韓国で製作しています。

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会場前の風景

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日本おもと業者組合賞

桜岳錦(おうがくにしき) 金鍾文

縞柄も良く実も付き美しく出来上がる素晴らしい作品。

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展示会場風景

入口には生け花のおもとの展示゛

縞柄のおもとの生け花は素晴らしい。

 

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初笑い

特別賞受賞

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瑞泉

特別賞受賞

ラン鉢に植え込みされたおもと、おもと鉢に植え替えれば日本の展示会でも入賞する素晴らしい作品。

釜山にお伺いした時の気温は日中13℃夜間3℃でした。

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写真撮影

韓国 ランと生活の雑誌社

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展示会場風景

韓国で初めてのおもとの展示会が広い会場で立派に飾り付けも出来ていました

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帝錦(みかどにしき)

おもと歴8年でこの作品大株立ち

肥料は手作りの何年もたった発酵した肥料を使用

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瑞泉(ずいせん)

おもと歴8年の作品

作っている用土は一般的に山砂+軽石+バーク少し

又花崗岩の少し柔らかい砂利で植え込みされて見えました。

バークを多く使用している方は今年の夏の暑さで出来が少し悪いようです。又ワラ灰を多く使用している方は少しおもとが小じんまり出来ていました。新しい趣味者が多く分かり易く美しいおもとに人気。

 

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花台

済州島の古民家の入口のドアを花台に加工 素敵な花台

 

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色々な鉢での展示

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第1回韓国万年青愛展示会

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夫婦獅子(めおとしし)  獅子系部門で一位

締まって良く出来ていました。植え込みの仕方も上手でした

申星均様にお話しをお聞きしました。職業は橋を設計して見える方、獅子系を中心に作る、一番のおもとはと聞くと太陽と言われました。会場では奥様といっしょにお手伝いされていました。

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趣味者のお棚訪問

韓国おもと会の皆様には大変お世話になりました。

ありがとうございました。

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韓国のおもと会が益々発展することを願います。

 

 

培養場

屋上の場所 山野草と一緒に管理

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チャガルチ市場!新鮮なお刺身や魚介類

330件ものお店が入店

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1階活きた魚がいっぱい自分の好きな魚や食材を選び2階の席まで持ってきていただけます。魚を見るだけでも楽しみな所。

 

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選んだひらめ

2階席で韓国のおもと会の皆様と食事。

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How to Grow OMOTO For overseas customers

For overseas customers

 

Avoid direct sunlight.

Watering depends on the medium.
If you have good water retention such as soil, do it once every 3 to 7 days,
if it has poor water retention such as gravel, do it every day.

Fertilize once or twice in the fall and three to four times in the spring.
You may want to give very thin liquid fertilizer to avoid midsummer.

Basically, OMOTO is similar to orchid, and it is better to dry it.

蒀即萬年青 妄仚様に中国における万年青をまとめていただきました 大発見!!!!!

最初から最後まですべて大発見

2020.8.25妄仚様から追加の資料を頂き、追記。

万年青は中国では7000年以上の鉢植えの歴史の大本だった

蒀即萬年青

蒀即萬年青,在中華文化中歷史悠久,河姆渡新石器遺址,約7000年前的第四文化層上發掘出兩枚刻花陶片,出土一枚陶片上刻了五片大葉的植物,不管是型態細節都是萬年青的特徵。此為中華盆栽之濫觴。

英訳

蒀 is Evergreen(OMOTO) and has a long history in Chinese culture. At the Hemudu Neolithic site, two carved pottery pieces were excavated on the fourth cultural layer about 7,000 years ago. One pottery piece was unearthed with five large leaves of plants. The details of the form are the characteristics of Evergreen. This is the origin of Chinese potted plants.

和訳

蒀は万年青であり、中国文化で長い歴史があります。ヘムドゥ新石器時代の遺跡(河姆渡遺跡)では、約7,000年前に4つ目の文化層に2つの彫刻が施された陶器が発掘されました。 1つの陶器の作品は、5つの大きな植物の葉で発掘されました。フォルムのディテールは万年青の特徴です。これが中国の鉢植えの原点です。

河姆渡遺跡 ヘムドゥ新石器時代の遺跡

長江下流の新石器時代中期、紀元前5000年頃の稲作が明らかな農耕遺跡。長江文明の中心遺跡として重要。

 河姆渡(かぼと)遺跡は、長江の下流域の杭州湾南岸の沖積低地に位置する稲作農業(水稲)を基盤とした紀元前5000年頃~3300年頃(約8000~5000年前)新石器時代中期の遺跡であり、大量の稲籾、稲殻、籾殻などが平均して20~50cmにわたって堆積し、最も堆積の厚いところでは1mに達していた。1970年代に行われたこの発掘で、長江下流域に稲作の起源をもとめる説が強まった。現在では長江中流域の湖南省彭頭山遺跡から、河姆渡文化よりも古い、紀元前7000~6000年頃に遡る栽培種の稲が出土し、長江中流域稲作起源説が強まっている。<竹内康浩『中国王朝の源流を探る』世界史リブレット95 2010 山川出版社 p.17-18>

稲作農業の起源

重要なことは、長江下流域で河姆渡遺跡で稲作農業が発達した前5000~4000年という時期は、華北において仰韶文化が栄えていた時期と同時期であり、そちらはヒエ・アワを中心とした畑作農業であったことである。これによって、従来は黄河流域の仰韶を中心とした黄河文明が中国文明の源流として強調されてきたが、それとは別に、稲作農業を基盤として発展した長江文明の存在が明らかになった。最近では黄河流域の文化と長江流域の文化をあわせて中国文明として捉えられるようになっている。<NHK 世界四大文明展『中国文明展』2000年による>

 

 

古い文学にも、万年青は登場する

在文學中西晉左思的《蜀都赋》中就有“郁葐蒕以翠微”而這個指的是覆盆子和萬年青,代指茂盛如雲霧般生長在山壑間。

英訳

In the literature of the Western Jin Zuo Si’s “Shu Du Fu”, there is “Yu Ping Lian Yi Cui Wei” and this refers to raspberry and OMOTO(Evergreen), which refers to the luxuriant growth in the mountains and gully like clouds.

和訳

西晉左思の「蜀都赋 / 周杜福」の文学には「郁葐蒕以翠微 / 玉平蓮一翠偉」があり、これはラズベリーと万年青を指し、山と雲のようなガリーの豊かな成長を指します。

《蜀都赋》とは

西晋(せいしん)は、司馬炎によって建てられた中国王朝265年316年)の時代の作品。

西晋王朝の作家であり、山東省のリンジー(現在のジーボー)出身の左思(250-305)によって書かれた、彼の “Sandu Fu”( “Wu Du Fu”と “Wei Du Fu”)の1人です。当時、伝染用にこの風車が複製され、首都である洛陽の紙の値段も高かったため、「洛陽の紙は高い」という言葉がありました。 「シュウの首都のフー」は、特性、山と川、バスーの習慣を非常に詳細に説明しており、フーは当時の四川の巨人のごちそうと飲酒の生活を描いています。福に記録された多くの製品や食品の習慣は、四川料理の歴史、さらには中国料理の歴史を研究するために後世に利用できる貴重な資料です。

创作年代
西晋
作品出处
《水经注》《太平御览》
文学体裁
作    者
左思、杨雄
左思 さし とは
(さ し、生没年不詳、一説に252年307年[1])は、中国西晋の文学者。太沖斉国臨淄県の人。門閥の後ろ盾のない寒門の出身であり、官途は不遇だったが、文才に優れ、代表作『三都』は「洛陽の紙価を高からしむ(洛陽紙貴)」の故事の由来となった。妹の左棻も詩文の才能があり、司馬炎の妃となった。

 

左思 さし とは

创作年代
西晋
作品出处
《水经注》《太平御览》
文学体裁
作    者
左思、杨雄

 

作品名称
蜀都赋
外文名称
Shu-du fu
作品别名
蜀都赋
    创作年代西晋作品出处《水经注》《太平御览》文学体裁赋作    者左思、杨雄

左思 さし とは

(さ し、生没年不詳、一説に252年307年[1])は、中国西晋の文学者。太沖斉国臨淄県の人。門閥の後ろ盾のない寒門の出身であり、官途は不遇だったが、文才に優れ、代表作『三都』は「洛陽の紙価を高からしむ(洛陽紙貴)」の故事の由来となった。妹の左棻も詩文の才能があり、司馬炎の妃となった。
左熹の子として生まれた。史書によると、左思は寒門の出身の上、容貌は醜くどもりであったが、学問に励み文章に巧みであったという。

略歴

妹の左棻が西晋の武帝司馬炎の後宮に入ったので、首都の洛陽に家を移した。三国の首都を題材にした『三都賦』の執筆を思い立ち、10年の歳月をかけてこれを完成させた。完成当初は世人の批判を浴びたが、当時の文壇の大御所である張華にこれを見せると、張華は班固の『両都賦』や張衡の『二京賦』に匹敵する傑作だと激賞し、無名の左思に名士の手を借りることを勧めた。左思が名士の皇甫謐に序文を書いてもらうと、『三都賦』の名声は大いに高まり、以前批判した者たちも手のひらを返して褒め称えたという[2]人々が争って『三都賦』を筆写したため、洛陽城内の紙の値段が高騰したという逸話は、後に「洛陽の紙価を高からしむ」の故事となった。左思と同時代の文学者である陸機も、同じく『三都賦』の制作を構想していた。陸機は洛陽に上京すると左思の噂を聞いたが、弟の陸雲に手紙で「田舎者の『三都賦』が出来上がったら、酒瓶の覆いにするのがよかろう」といって、まるで相手にしていなかった。しかし完成した左思の賦を見るや、その出来映えに脱帽し、自身の制作を断念したという。

後に権臣の賈謐の招きに応じ『漢書』を講じた。300年八王の乱で賈謐が趙王司馬倫に誅殺されると、官職を辞して隠棲し、典籍に没頭した。

303年、河間王司馬顒の将軍張方が洛陽で暴虐の限りを尽くすと、左思は家をあげて冀州に避難し、数年後に病没した。

文学作品

隋書経籍志によると、文集2巻(代には5巻、目録1巻)が存在していたとあるが散逸した。現存する文学作品としては、上述の『三都賦』のほか、寒門出身として当時の貴族社会への批判を込めた「詠史詩」や「招隠詩」、自分の娘の様子を描いたユニークな内容の「嬌女詩」が代表作とされる。鍾嶸の『詩品』では最上位の上品に列せられ、劉楨の力強い詩風を受け継ぎ、諷諭の精神を体得すると評されている。

万年青(おもと)の別名は?意味は?

漢方での万年青

而在中藥醫典上萬年青也可作為清熱藥的中藥材使用,在《本草新編》記載將萬年青的根莖和葉作為藥用,可有強心利尿、清熱解毒、涼血止血的功效,藥性為苦、甘、寒,有小毒。可用於防治白喉、白喉引起的心肌炎、咽喉腫痛、以及小便不利等疾病。不過萬年青有一定的毒性,會產生洋地黃苷樣作用。

英訳
In the Traditional Chinese Medicine Code, OMOTO can also be used as a Chinese medicinal material for clearing away heat. It is recorded in the “New Edition of Materia Medica” that the rhizomes and leaves of OMOTO are used for medicinal purposes. It is bitter, sweet, cold, and slightly poisonous. It can be used to prevent and treat diphtheria, myocarditis(心筋炎) caused by diphtheria, sore throat, and poor urination. However, OMOTO has a certain degree of toxicity and can produce digitoxin-like effects.

和訳

漢方では、万年青は熱を取り除くための漢方薬としても使用できます。「本草新編 / 新薬マテリアメディカ」では、万年青の根茎と葉が薬用に使用されていることが記録されています。万年青は、心臓と利尿を高め、熱と解毒作用を取り除き、血液を冷やして出血を止める効果があります。苦くて、甘く、冷たく、少し有毒です。ジフテリア、ジフテリアに起因する心筋炎、喉の痛み、排尿不良の予防と治療に使用できます。ただし、万年青にはある程度の毒性があり、ジギトキシンのような効果をもたらす可能性があります。

※『本草新編』は『本草秘録』とも呼称される。清代の陳士鐸によって著された。宮集、商集、角集、徴集、羽集の5巻によって構成される。

※清 中国とモンゴルを支配した最後の統一王朝。1616年 – 1912年

※ジギトキシン 背が高く釣鐘状の花を穂のように咲かせるジキタリスからとれるジギトキシン(Digitoxin)は、強心配糖体の一つである。心不全、心房性不整脈患者に適用される。アガサ・クリスティの『死との約束』ではジギタリスを用いた殺人が行われる。

細胞膜に存在するNa+/K+ATPaseを阻害することにより心筋細胞内のカルシウムイオン濃度を増加させ、心筋の収縮力を増大させる(陽性変力作用)。

カルシウム注射薬およびスキサメトニウムとの併用は禁忌。重大な副作用としてジギタリス中毒(強心配糖体を参照)。

※ジフテリア ジフテリア菌の感染によって起こる、主として呼吸器の粘膜が冒される感染症。菌の繁殖部位により、咽頭 (いんとう) ジフテリア・喉頭 (こうとう) ジフテリア・鼻ジフテリアなどの病型がある。心筋や末梢 (まっしょう) 神経が冒されることもある。感染症予防法の2類感染症の一。小児がかかりやすいが、予防接種の普及で減少。日本では三種混合ワクチン(DPTワクチン)、二種混合ワクチン(DTワクチン)に含まれている。定期接種の普及している国では症例は稀だがそうでない国では流行がある。

ジフテリア菌の発見は1883年。エミール・フォン・ベーリングと北里柴三郎血清療法を開発。その功績でベーリングは第1回ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 

到了明清時期

英訳

To the Ming and Qing dynasties

和訳

明・清王朝へ

《靖江寶卷》中有話:「錢氏說『老太師,不能空口去說白話,把禮儀帶了去。』這遭就配了千兩金子千兩銀,珍珠瑪瑙亮晶晶,綾羅綢緞廿四匹,康桃安棗十二斤。再加上——茶花對果一槓擔,又用四支萬年青。」後文又有「二人來到東書廳一看,金漆旺旺,地下放光。天井駁得四瀉水,磨磚鋪地一樣平。金魚缸中來戲水,荷花缸上畫麒麟。牆邊栽個虎耳草,盆景栽個萬年青。」

英訳

There is a saying in “Jingjiang Treasure Scroll”: “Qian said, “Old lady, you can’t speak the vernacular without talking, and take the etiquette.” This time, it was matched with a thousand taels of gold and a thousand silver, pearl agate, shiny pearls, and silk and silk. Four horses, 12 catties of Kangtao and Anzao. In addition-Camellia to fruit and a pole load, and four perennials / OMOTO.” Later, “The two came to the East Book Hall to see it. The golden lacquer is flourishing, and they are placed underground. Light. The patio is flooded with water, and the floor is as flat as polished bricks. Play in the goldfish tank, and draw a unicorn on the lotus tank. A saxifrage is planted on the wall, and a bonsai is planted with Evergreen / OMOTO.”

和訳
「Jingjiang Treasure Scroll / 靖江寶卷」には格言があります。「銭氏は、「おばあさん、話せずに方言を話すことはできません。エチケットを取ることはできません。」今回は、何千もの金の尾と千の銀、真珠の瑪瑙、光沢のある真珠、絹と絹にマッチしました。馬4頭、カンタオとアンザオの12匹の猫。果物と棒に加えてツバキ、そして4つの万年青。」その後、「2匹が東書堂にやって来て、黄金の絵の具が繁栄し、地下に置かれました。ライト。パティオは水で満たされ、床は磨かれたレンガのように平らです。金魚の水槽で遊んで、蓮の水槽にユニコーンを描きます。壁にはサキシマゲが植えられ、盆栽には万年青が植えられています。」

證明了萬年青已在民間作為節氣觀賞植物

英訳

It proves that Evergreen / OMOTO has been used as an ornamental plant for solar terms in the folk

和訳

万年青が民俗の太陽用語の観賞植物として使用されていることを証明します

中国最後の統一王朝、清と万年青の関係

且在清朝時因國號的關係。

英訳

And in the Qing Dynasty because of the relationship of the country name.

和訳
清朝には国名の関係から。

中国最後の統一王朝、清と万年青の関係

清 1616年 – 1912年

萬年青同“萬年清”,有萬年大清之意,所以特別受清皇室及貴族的喜愛。而華北地區寒冷冬日僅一色雪白,庭園中草木凋零,所以常在室內擺設萬年青,全年長青且又有大紅果實妝點下是顯得特別喜氣。

英訳
Wannianqing is the same as “Wannianqing”, meaning Wannianqing, so it is especially loved by the Qing royal family and nobles. In North China, the color is only white in cold winter days, and the plants in the garden are withered. Therefore, the evergreens / OMOTO are often displayed indoors. They are always green all year round and decorated with red fruits.

和訳
万年青は万年清代が続くを意味する「万年清」と同じで、特に清王家や貴族に愛されています。中国北部では、寒い冬の日は白く、庭の植物は枯れてしまうため、万年青は室内に展示されることが多く、一年中緑で、赤い果実で飾られています。

萬年永清

第七十六代衍聖公の万年青のように万年、清代が栄えるように願った写真

第七十六代衍聖公 孔令貽,照片中他身旁一盆霓裳萬年青

英訳

Kong Lingyi, the 76th generation of Yan Sheng Gong, in the photo is a pot of neon clothes beside him

和訳
写真のヤンシェンゴンの76世代であるコングリンジーは、写真の横にある虹のように美しい万年青の盆栽の一鉢です

※霓裳 《「霓」は虹のこと》 虹のように美しい裳 (も) 。

 

清の宮殿に飾られる宝石で作られた万年青

在清宮中常有造辦處所製,或大臣進貢的寶石盆景,其中主題就有萬年青,通常是以桶狀盆來發揮,”一桶萬年青“寓意清朝”一統萬年“

英訳
In the Qing palace, there are often gem bonsais made by places or tributes from ministers. Among them, the theme is Evergreen / OMOTO, which is usually played in a barrel-shaped basin. “A bucket of Evergreen / OMOTO” means the Qing Dynasty’s “dominance for thousands of years.”

和訳
清の宮殿には、場所や大臣からの賛辞によって作られた宝石の盆栽がよくあります。その中で、テーマは万年青で、通常は樽型の盆鉢。「ひと桶の万年青」とは、清朝の「数千年の支配」を意味します。

一統萬年

寶符國瑞掛屏

有御詩一首

靈草恒青冬夏鮮,謂當有水洼其邊

文征畫合梓材語,惟曰保民欲萬年

戊戌嘉平之吉

英訳

Baofu Guorui Hanging Screen

There is a poem

Lingcao is always green in winter and summer, and it is said that there should be puddles beside it

Wenzheng painting combined with Zicaiyu, but it is said that the people will be saved for thousands of years

Jiapingzhiji

和訳

Baofu Guorui掛け軸

詩があります

靈草(万年青)は冬と夏は常に緑で、横に水たまりがあるはずだと言われています

深センの絵画とジカイユを組み合わせたものですが、人々は何千年もの間救われると言われています

ジャーピンジジ??

戊戌嘉平之吉 戊戌という干支

 

皇帝と万年青

嘉慶帝身旁炕桌上一盆“一統萬年“

英訳

There is a pot on the table next to Emperor Jiaqing, “Ten Thousand Years of Unity”

和訳

嘉清皇帝の隣のテーブルには「万年の統一」という万年青の鉢があります。

嘉慶帝(かけいてい)は、清の第7代皇帝ははじめ永琰(えいえん)、即位後に顒琰(ぎょうえん)と改めた。廟号は仁宗(じんそう)。在世時の元号のを取って嘉慶帝と呼ばれる。

1796年2月9日 – 1820年9月2日

乾隆25年(1760年)、乾隆帝の十五男として生まれる。乾隆60年(1795年)、85歳の乾隆帝から譲位を受けるが、乾隆帝は太上皇となっても実権は手放さなかったため、嘉慶帝は飾り物の皇帝に甘んじた。

乾隆帝が嘉慶4年(1799年)に崩御すると、嘉慶帝は真っ先に乾隆帝が重用していた奸臣和珅を誅殺した。周りの人間全てが和珅のことをろくでもない奸臣であると見抜いていたのに、耄碌した乾隆帝だけは和珅を信任し続けたため、乾隆帝が生きている間はどうしようもなく、和珅は国家に入るべき歳入のかなりの額を懐に入れていた。和珅から没収した財産は、実に国家の歳入の10~15年分に当たったといわれている。

テレビドラマ
  • 紫禁城 華の嵐(2004年、中国、演:于洋)

清の第6代皇帝、乾隆帝から、第7代皇帝嘉慶帝、第8代皇帝道光帝まで

乾隆帝(けんりゅうてい)は、清の第6代皇帝。清王朝の最盛期を創出する。弘暦(こうれき)、廟号は高宗(こうそう)。在世時の元号の乾隆を取って乾隆帝と呼ばれる。

弘暦(1711~1799)
清の六代乾隆帝。廟号は高宗。十回の遠征に成功したため、十全老人と号したという。在位1735~1795。雍正帝(胤禛)の四男。雍正十一年(1733)、和碩宝親王に封ぜられた。十三年(1735)、雍正帝が崩ずると、帝位についた。即位後、ジュンガル部のガルダン・ツェレンを討ち、大小ホージャの乱を平定して新疆をおさめた。チベットを安定させるため、「欽定西蔵章程」を公布して民政・軍事の権力を駐蔵大臣に委ねた。また雲南、ビルマ、台湾などに遠征し、これによって清朝の最大版図を形成した。寧波・厦門・雲台山を閉港し、西洋との交易を広州一港に制限した。英国の使節マカートニーの通商の要求もことごとく拒否した。文化面では『四庫全書』を編纂させ、一代のうちに完成させた。また多くの文化財を蒐集して紫禁城に集めた。しばしば巡遊をおこない、馬上朝廷の称もあった。土木工事を好み、多くの人力財力を消費した。帝個人はさまざまな濫費を好んだが、かれの治世は銀の入超に支えられて、前代に類をみない好景気の時代であり、清朝の最盛期であった。在位六十年で退位して嘉慶帝に譲り、太上皇帝となった。その後の三年間、院政を布いた。晩年は和珅を信任して国政が乱れ、白蓮教の乱が起こった。『楽善堂詩文全集』。

  • 顒琰(1760~1820)
    清の七代嘉慶帝。廟号は仁宗。在位1796~1820。乾隆帝(弘暦)の十五男。乾隆五十四年(1789)、嘉親王に封ぜられた。六十年(1795)、皇太子に立てられた。翌年、父帝に譲られて帝位についた。父が太上皇となり引き続き執政し、和珅が国政を専断した。嘉慶四年(1799)、父太上皇が崩ずると、親政をはじめた。和珅を逮捕して獄に下し、二十大罪を数えて、自殺を迫った。湖北・四川で起こった白蓮教徒の叛乱は五省に波及し、足かけ九年この鎮圧のために全力を尽くした。まもなく蔡牽・朱濆の乱が東南海上で起こり、北方で天理教の乱が起こって京師に迫った。乾隆中期以後、軍紀はゆるみ、軍費は増大し、官僚の汚職はきわまり、連年にわたって黄河が氾濫し、運河の交通も滞って、財政は悪化の一途をたどった。貿易収支も悪化して、嘉慶期には銀の出超となり、デフレによる賦税の実質増によって農民を苦しめた。二十五年(1820)、熱河の避暑山荘で崩じた。
    旻寧(1782~1850)
  • 清の八代道光帝。廟号は宣宗。在位1820~1850。嘉慶帝(顒琰)の次男。嘉慶二十五年(1820)八月、帝位についた。

 

 

緙絲紅子萬年青

英訳
Kesi Hongzi Evergreen / OMOTO

鈞窯方盆裡的山石、靈芝、萬年青

万年青(おもと)の別名は?意味は?

 

孔子の子孫も万年青を大切にした

第三⼗⼀代衍聖公
孔令貽與繼室陶⽂譜

英訳)The third generation of Yan Sheng Gong

Kong Lingyi and Jishi Pottery Book

和訳)第31代衍聖公

孔 令貽 ?

この写真自体が凄い発見です。

この写真は、第三⼗⼀代の衍聖公(えんせいこう)の写真ですが、

そもそも衍聖公(えんせいこう)とは、あの有名な孔子のご子孫が代々世襲する役職です。

76代目の孔 令貽(こう れいい)さんが万年青とともに写真に写っています。

孔子の子孫も万年青を非常に大切にしたことがわかる。

孔子は、紀元前550年ごろ生まれた哲学者、儒教の祖

です。孔子の道徳思想の徳目は忠・孝・仁・義・礼・智・信・恕。

「これを知る者はこれを好む者にしかず。これを好む者はこれを楽しむ者にしかず」(雍也篇)

現代語訳:(これを理解しているという人はこれが好きだという人に負ける。これが好きだという人はこれを楽しんでいる人に負ける)

「巧言令色すくなし仁」(学而篇)

現代語訳:(さわやかな弁舌にうまい人あしらい、こういう連中に仁はない)

「学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや。朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」(学而篇)

現代語訳:(学ぶこと、それを実践して身につけること、なんと喜ばしいことだろう。友ができ、遠方からも学問の同志が集まってくる、なんと楽しいことだろう)

 

衍聖公 とは 孔子の子孫が世襲する役職?爵位?

 

衍聖公(えんせいこう)は北宋から清にかけての封爵名。孔子の嫡流の子孫が世襲した。

始皇帝は九世の子孫の孔鮒を魯国文通君に封じた。前漢高祖は孔鮒の弟の孔騰を奉祀君に封じた。

その後、儒教が前漢の国学となるとその宣揚のために元帝は十三世の子孫の孔覇関内侯の爵位と褒成君の号を与え、哀帝は十四世の子孫の孔吉を殷紹嘉侯に封じた。平帝1年に十六世の子孫の孔均を褒成侯に封じ、世襲とした。以後、後漢明帝が十八世の子孫の孔損を褒亭侯に封じたのと安帝が十九世の子孫の孔曜を奉聖亭侯に封じたのを除けば、代を通じて褒成侯の爵位が受け継がれた。

その後、三国魏では宗聖侯、南朝宋では奉聖亭侯、北魏では崇聖侯、北斉では恭聖侯と改められた。北周の時に鄒国公に格上げされ、では文帝が鄒国公に封じたが、煬帝のときに紹聖侯に改められた。

では当初は褒聖侯に封じていたが、開元年間に孔子に文宣王の称号が贈られると、褒聖侯も公爵に格上げされ、文宣公と呼ばれるようになった。北宋仁宗至和2年(1055年)に文宣公は衍聖公に改められ、後代に受け継がれた。

1935年国民政府朝の爵位を廃止し、衍聖公を大成至聖先師奉祀官と改めたが、依然として世襲とされている。

Wikipediaより

孔 令貽 とは 孔子の76代目の嫡孫。

孔 令貽(こう れいい、1872年1919年)は、孔子の76代目の嫡孫。字は谷孫、号は燕庭

4歳で父を喪い、1877年衍聖公を襲爵した。

家学を学んでいたが、1888年光緒帝に謁見のため北京に赴いた。

北京滞在中に吏部右侍郎孫毓汶の娘と結婚し、1889年翰林院侍講に任じられ、正式に衍聖公としての職務を行うようになった。

1898年、寄付を行って曲阜に16の初等小学堂、1つの高等小学堂を設立した。

1907年、山東省の教育の調査を命じられた。

1912年袁世凱中華民国の臨時大総統に就任すると、祝賀の上書を送っている。国会議員に推薦されたが、固辞した。翌年、袁世凱が正式に大総統となるとこれまで通り衍聖公の地位を認められた。

1915年より袁世凱の皇帝即位を積極的に支援し、袁世凱の帝制実現後は郡王に封ぜられた。

1917年朝の復辟の際には祝賀の電報を送っている。

1919年、北京を訪れて溥儀に拝謁したが、11月8日に太僕寺街衍聖公府で病死した。

詩・画・書に優れていた。

先代:
孔祥珂
衍聖公
1877年 – 1919年
次代:
孔徳成

Wikipediaより

 

 

第三⼗⼆代衍聖公
孔德成和妻⼦孫琪芳

後⽅案桌上設五供⼜有兩盆萬年青裝飾

英訳) The 32th generation of Yan Sheng Gong
Kong Decheng and his wife Sun Qifang

There are five offerings on the back table with two pots of OMOTO decoration

和訳) 第32代 衍聖公
孔德成と彼の妻Sun Qifang

後ろには、万年青の装飾が施された2つの鉢が5つあります。

孔 徳成 とは? 孔子77代目嫡孫。32代衍聖公

孔 徳成(こう とくせい、1920年2月23日2008年10月28日)は、孔子の77代目の嫡孫。字は玉汝、号は達生。32代衍聖公大成至聖先師奉祀官台湾大学教授、中華民国台湾考試院院長・総統府資政。麗澤大学名誉博士。

青少年期

1920年2月23日山東省曲阜孔府で誕生した。父の孔令貽は前年の1919年11月8日北京の太僕寺街衍聖公府で死去していた。生母の王宝翠も出産後すぐに亡くなったため、孔令貽の正妻の陶氏に養われた。生後百日の6月6日、大総統徐世昌は衍聖公の襲爵を認める大総統令を出した。1924年から呉伯簫より英語を、詹澄秋より琴を学び始めた。1929年、陶氏が死去した。

1935年、民国に世襲の爵位が存在するのは不適切として、南京国民政府は衍聖公の称号を廃止した。しかし儒教の伝統を途絶えさせることはできないとして、衍聖公を大成至聖先師奉祀官に改めた。これは中華民国で唯一の世襲の特任官であった。この年の7月に陳立夫主催、戴季陶監督のもと南京で就任の宣誓を行い、蒋介石の臨席を得た。1936年より荘陔蘭より国学と書を学び始めた。書は始めは王羲之王献之の手法から学び、後に顔真卿北魏張猛龍碑からも学び、さらに甲骨文字や金石文も研究した。同年12月16日朝の大臣孫家鼐のひ孫の孫琪方と結婚した。

この結婚の時の写真か??

先代:
孔令貽
衍聖公
1920 – 1935
次代:
先代:
大成至聖先師奉祀官
1935 – 2008
次代:
孔垂長
先代:
劉季洪
考試院院長
1984 – 1993
次代:
邱創煥

 

 

誰か意味が分かる方、是非お教えください!!

字の意味から、とっても縁起の良いことを言われているのかな、と想像しますが、、、

 

 

清供圖
六朝南⿑、南史晉安王⼦懋傳:「有獻蓮華供佛者,眾僧以銅甖盛⽔,漬其莖,欲花不萎
以“供”為思想的陳設出現
⽽“清”字義為:澄淨、純潔
來對於節氣改變⽽對室內空間的淨化
衍⽣出“清供”這樣特殊的室內陳設⽂化
然⽽漸漸變為繪畫主題,來解決無實物陳設依然有節氣清供的感受

英訳)Qing court
In the Six Dynasties Nan⿑, the Southern History King Jin’an Biography: “There are those who offer lotus flowers to the Buddha, and the monks use copper poppies to fill the water, soak the stems, and they will not wither.
Appearance of furnishings with the idea of ​​”offering”
⽽”Qing” means: clear and pure
To change the solar terms and purify the indoor space
Derive the special interior furnishings such as “Qing Gong”
However, it gradually became the theme of painting, to solve the feeling of no physical furnishings and still have a sense of solar terms and offerings

和訳)清宮
南朝時代の南朝、南安王晋安伝:「仏に蓮の花を捧げる人がいます。僧侶たちは銅のポピーを使って水を満たし、茎を浸します。枯れることはありません。
提供するという考えのある家具の外観
⽽「清」の意味:明確で純粋
ソーラータームを変えて室内空間を浄化する
「Qing Gong」などの特別なインテリア家具を引き出す
しかし、それは次第に絵画のテーマになり、物理的な家具がないという感覚を解決し、まだ太陽の用語と提供の感覚を持っています

こちらも、特に後半意味がわかりません。わかる方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。

 

 

 

 

キフツゲートコートガーデン イギリス

イギリス、イングランドグロスターシャー州コッツウォルズチッピング・カムデン(Chipping Campden)にキフツゲートコートガーデンがあります。

Kiftsgate Court Gardens さんのHP     http://www.kiftsgate.co.uk/home

全部で110枚の写真です。

キフツゲートの位置

ロンドン中心から車で2時間、150キロほどの距離にあります。

 

イギリス中西部、コッツウォルズ地方のKiftsgate Court Gardens

前回のヒドコート・マナー・ガーデンのすぐ隣にあり、寮としてすんでいたヒドコートから歩いていきました。30分弱、地元の道を歩きながらいきました。

 

蜂蜜色のコッツウォルズストーン。ハニーストーンとも呼ばれ、文字通りはちみつ色をしています。ライムストーン(石灰石)

 

 

 

 

イギリス ヒドコートマナーガーデン Garden tour イングリッシュガーデン 2017.4.24

私のイギリスの記録です。2017.4.24

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national trust ヒドコット(ヒドコート)マナーガーデン
National Trust ナショナルトラスト
英国の公益社団法人(NPOのようなもの)で120年前からの自国の文化を自分たちで守る運動。
歴史的価値のある自然や城、庭園が
貴族などの持ち主が税金を払えず維持できなくなり
荒廃していくことが多く、この団体が土地ごと、城ごと買い取ったり、借りたりしてイギリスの文化を守ろうとしています。
今現在、
775マイル(1マイル1.6キロとして)1240キロの海岸線
248,000 ヘクタールの土地
500を超える英国の歴史に残る城、庭園、建物、街並み(町ごと!)、公園
と普通では考えられない規模の活動をしていて、
公益団体の税制の優遇をうけながら、
ほぼすべて寄付で賄われています。
面白いのが、寄付も月5.4ポンド(7~800円ほど)で、
500以上のナショナルトラストの施設に無料で入れて

 

また、リタイヤした人たちは週に約半日近くのボランティアを庭園などですることで同じように他の施設にも入れます。
1000㎞以上の海岸線の清掃もボランティアによって行われます。
これらの寄付とボランティアを組織して
イギリスの文化財を守り、また、自国の職人の
手作りの品を500それぞれの城や庭園などで売っています。
ガラス細工、陶磁器、バックなどの布製品、写真など工芸品や料理 (どの施設もカフェがあって紅茶、ケーキやランチが楽しめます)
工芸品や料理はイギリス人にとっても少し高めだそうですが、皆さん寄付と思って払っているのだそう ちなみに、ボランティアをしている人はボランティアカードがあり、多くの施設で2割引きほどで買い物、飲食ができます。

私は、万年青を世界に広めるために、また、海外での万年青や、日本の伝統園芸をしるために、イギリスに少しだけいたことがあります。

そこで、約4万枚ほどの写真をとりましたので、少し紹介できたらと思います。

Garden tour ガーデンツアー風に、写真でご紹介していきます。

【English Garden Tour】イングリッシュガーデン、ヒドコートマナーガーデンをご紹介

【Hidcote Manor Garden in UK】【万年青の豊明園】

 

 

 

今回ご紹介する、ヒドコートマナーガーデンは、イギリスのコッツヲルド地方にある、ロンドンから北西へ車で2時間 90マイル ≒150キロの距離の、いわゆるイングリッシュガーデンです。

特徴は、25のテーマをもつ庭園を生垣、石垣、壁などで区切ってあるところが面白い特徴です。石の門や、生垣の門をくぐっていくごとに、また、角を曲がるごとに、全く新しい雰囲気の庭園が造られ、次はどんなテーマの庭園なんだろうと、新しい宝箱を開けていくように楽しめる庭園です。

園主のローレンス・ジョンストンはプラントハンターでもあり、

世界中の植物がみることができ、シンボルであるレバノンの杉や、日本のヤツデ、サクラソウ、椿、ホスタ ギボウシ、モクレンなど。日本原産だったり、日本原産のものをヨーロッパが改良したものを多く見ることができます。

この日の写真は、すべて2017.4.24のものです。イギリスでは、ジューンブライドと言って、花が一番美しく、晴れの多い6月に結婚式をあげると幸せになれるといわれています。これはイングリッシュガーデン、お庭巡りをするのもその時期がベスト。この時にいったある日は、晴れ間もありますが、曇りになったり、小雨がふったり、ヒョウや雪も降る、天気のすべてを一日で味わうような、変わった天気でした。イギリスの天気は変わりやすいといいますが、その通りでした。

ジューンブライド(June bride)とは? どんな由来・意味があるの?

ジューンブライド(June bride)」とは、古くからヨーロッパで「6月に結婚する花嫁は幸せになれる」とされる言い伝えのこと。意味や由来については諸説ありますが、ギリシャ神話に登場する神主ゼウスの妃で、結婚や出産を司る女神「Juno(ジュノ)」が守護する月が6月(June)であることから、この月に結婚をすると生涯幸せに暮らせると言われています。また、かつてヨーロッパでは、農作業の妨げとなることから3月~5月の結婚が禁じられていました。そのため、結婚が解禁となる6月に結婚式を挙げるカップルが多く、祝福ムードいっぱいだったからという説も。

 

ジューンブライド(June bride)となる6月は、日本では梅雨の季節にあたりますが、海外ではハワイやヨーロッパを始め乾季に入っている国が多く、心地よい気候で結婚式が行える季節。特に海外挙式を考えているカップルにとっては、最高のウエディングシーズンと言えます。

 

この私のイギリス研修には、奇跡の星の植物館という淡路島にある先進的な植物園の館長である辻本プロデューサー、フィデリティ財団、ナショナルトラスト、公益社団法人日本おもと協会三河支部 など多くの方の支援を受け、行かせてもらえることができました。

多くの方のご恩返しを、万年青を通して出来たらと思い、このYoutubuもやっています。

 

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national trust  ヒドコートマナーハウス
中にプラントハンターでもあった、園主のローレンス・ジョンストンの紹介があります。
ここはスタッフの事務所もあり、研修生が泊まれるようにもなっています。
 
20世紀のイギリスを代表する庭園ヒドコート・マナー・ガーデン。アメリカ人の ローレンス・ジョンストンがイギリスのケンブリッジ大学卒業後に、母と共に ヒドコート・マナーに移り住み、独学で造園を学び、40年の歳月をかけて完成させました。このガーデンの特徴は、直線と曲線を組み合わせた生け垣で敷地を区切って小庭園を20種類以上も造っていることです。これらの小庭園はコテージ・ガーデンと呼ばれ、イギリスのガーデニング界に大きな影響を与えました。生け垣の外からでは中の様子が見えず、足を踏み入れた瞬間に別世界が広がる、面白い演出が施されています。
日本の庭園もお庭ごとに別世界になるよう
工夫された庭園もおおくあり
みな考えることは同じなのだなぁと面白いです。
 
 
 
National Trust ナショナルトラスト
この団体は多くの人の寄付で賄われていますがその人たちはできるだけ自然に近く、昔のままで庭園が残るように、維持されるようにと願っています。なので、殺虫剤や殺菌剤を極力使わず管理しようとしています。害虫は手で一つづつ殺していきます。
それでも限界があるので、ダニなどの害虫を食べる天敵の卵を買って管理したりしています。
 
また、庭園ででる生ごみはすべてたい肥に、植物の花がらや雑草などもたい肥にして(バラや一部の雑草、病気のあるものは燃やします)木の枝などもチップにして自然に返します。
 
イギリスでも珍しいですが、ベジタリアンはガーデナーに多いです。お肉は一切食べない人から、チーズや卵はOKという人までいろいろ。スーパーには鳥が丸のまま売っていて、(小さいので500円ほど) こういったものをみるとベジタリアンになるのもわかります。
日本ではお肉がとてもきれいにされていて、絶対に元の動物を想像させないので安心!?魚は高く、野菜、お酒は安いように感じます。

 

レッドボーダー

 

National Trust ナショナルトラスト
wiki
ナショナル・トラスト (National Trust) とは、歴史的建築物の保護を目的として英国において設立されたボランティア団体。正式名称は歴史的名所や自然的景勝地のためのナショナル・トラスト (National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty)。
ナショナル・トラストは設立の目的として「国民の利益のために、美しく、あるいは歴史的に意味のある土地や資産を永久に保存するよう促すこと、土地については、実行可能な限り、その土地本来の要素や特徴、動植物の生態を保存すること、そしてこの目的のために、資産の所有者から歴史的建造物や景勝地の寄贈を受け、獲得した土地や建物などの資産を国民の利用と楽しみのために信託財産として保持すること」を定めており[1]、単なる環境保護ではなく、歴史的建造物や景勝地国民の遺産として保持することで、愛国心や国民の一体感といったナショナル・アイデンティティを形成・強化することを意義としている[1]
本組織による保護活動が著名となったことから、同様の趣旨を持って活動する運動、あるいは理念そのものを「ナショナル・トラスト」と呼ぶこともある。同団体は2015年現在、424万人の会員と6万人超のボランティアが支える英国最大の自然保護団体となっている[2]

 

ヒドコート・マナー・ガーデン(Hidcote Manor Garden)は、イギリス、コッツワルド地方にある、いわゆるイギリス式庭園・イングリッシュガーデンの一つ。 イギリスのヒッドコットバートリムという小さな村の郊外に位置している。

ヒドコート・マナー・ガーデンは、1907年にアメリカ生まれでパリ育ちのイギリス陸軍軍人だったローレンス・ジョンストンが、退役後の定住地としてテューダー朝時代のマナーハウスを改装した際に、ジョンストンの知己であった園芸家ノーラ・リンゼイの助力によって造営された。ジョンストンは自分の死後にリンゼイに庭園を贈与するつもりだったが、先にリンゼイが逝去したため、1948年に自然保護団体ナショナルトラストに寄贈され、以来同財団によって管理されている。

ヒドコート・マナー・ガーデンはアーツ・アンド・クラフツ庭園のスタイルを継承し、総面積10エイカーの敷地を直線と曲線を組み合わせた生垣で区分し、25の異なる庭園をつないだ構成をもつ[1]。それぞれの庭は基本的にイギリスのコテッジ・ガーデンをイメージさせるが、フランス庭園の要素やジョンストンのプラント・ハンターとしての成果である外来種の植物を積極的に導入した点で、従来のアーツ・アンド・クラフツ庭園と異なる[1]。 庭は箱型生垣のほか、シデ、イチイ、石壁が使われ、多様な特徴やテーマを有する一連の戸外の「空間」という形態をとっており、コテージガーデンの集大成といわれる。 各区画の間には開放的な芝地である「シアター・ローン」や、長い眺望軸線を兼ねた「ロング・ウォーク」など、変化に富んだ視覚が楽しめる遊歩道が配置されている。

ヒドコート・マナー・ガーデンの特徴のひとつとして、生垣の上半分を整形的に刈り、下半分を全て刈り取った竹馬庭園(stilt garden)と呼ばれる剪定法がある。目の高さからは隣の区画は見えないが、足下が開放されているために閉塞感がなく、同時に向こうの区画への期待感を高める効果がある

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イギリス人の花好き
イングリッシュガーデンと花を贈る文化
 
 
バラの愛、情熱や、月桂樹の栄光のような花言葉と同じように
 
日本人も万葉集の古来より花や植物に思いを託して自分の恋心や秘めた思いを伝えてきました。
世界中にどこでも花言葉と似た文化があり、みな植物が好きで、言葉にできない思いをのせて花、植物を贈ってきました。
おもとを贈り、その人の長寿を願ったり、引っ越した先の無事を祈ったり、その家の繁栄を望んだりするのと同じです。

 

 

冬は寒く、多くの植物が枯れてしまうので、こういったムロ?が作ってある。ここで、挿し木や苗をつくったり、冬の寒さで枯れてしまうものの避難場所になっている。

 

さすが貴族!というテニスコート

温室もある

イギリスの日本庭園 おもと

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イギリスの日本庭園

左の半島を砂浜に、先端の灯籠を灯台に見立て海を表現しています
ツゲや、イギリスにあるツゲの仲間を使って日本庭園にあるような剪定を目指しています
日本文化がとても人気で、ボランティアで掃除にきています

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レッドボーダー
ヒドコート イギリス
赤を基本とした一つの小さめのガーデン
ヒドコートは27のテーマのガーデンがあります

 

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イギリスのガーデニング、植物好きと
日本のおもと好き
日本人が玄関先におもとを植えたり、育てたりして縁起を担いだり魔よけをするように、クリスマスホーリー(西洋柊)も聖なる木として垣根などいたるところで使われます
 
日本でおもとが正月の花として華道家元の池坊で使われるように、クリスマスには西洋柊が使われます。クリスマスホーリー(西洋柊)の名のとおりですねヒイラギのとげがキリストの受難を連想させ、キリストの冠もヒイラギで作られています。

また、両方とも寒い冬が来ても常緑で驚異の生命力、永遠の繁栄を予感させる植物としても愛され、使われています。日本でもイギリスでも、寒い冬に多くの植物が枯れていく中、常緑で力強い緑をみせ、同じように赤い実をつけるこの万年青とクリスマスホーリーは神聖な植物です。
おもと の西洋名は Japanese sacred lilyで
日本の聖なるユリで名前にも聖なると入っています。

イギリスの園芸文化とプラントハンター おもとの柄 ヒドコートマナーガーデン キフツゲートガーデン

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イギリス キフツゲート

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イギリス ヒドコート マナーガーデン
マナー は荘園 領地 お屋敷といった意味でmanor と書きます。マナーがいいとは音が似ています。

イギリスは園芸の盛んな国ですがイングリッシュガーデンなど、もともとは貴族の趣味で世界の植物、おもとなど、珍しい植物をもっていることが貴族のステータスでした
自分のガーデン 庭があり、不思議で、珍しい植物でもてなすことで、お客様ゲストをお迎えしたり、自慢し合いたいだから、プラントハンターが活躍したり、貴族自身が植物好きで自身がプラントハンターになることも

イギリスだけでなく、東洋と同じで一番最初、古くは薬草園、野菜園 ハーベシャスガーデン、ベジタブルガーデンが大本にあったようです。食べること、薬になることが大事なのはどこも同じですね。おもとが5000年前から薬として
大切にされるのも分かります。

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キフツゲート
ヒドコートから歩いて15分

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キフツゲート イギリス

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キフツゲート ガーデン

 

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オックスフォード

 地植え万年青 アメリカ

 地植え万年青 デラウエア園芸センター

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また万年青発見!
アメリカ デラウエア園芸センターにて
おもとは万年青と書き、その常緑が永遠に続く
江戸時代、徳川家康公が万年青3鉢をたずさえ、最初に入城し、床の間に飾り繁栄を祈願した
おもとの花言葉は
一番は冬でも常緑なことから
「永遠の繁栄 「長寿
そこから派生して、
「長寿」「崇高な精神」「長命」「母性の愛」「相続」
心をこめた贈り物に最適のおもと
 
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デラウエア園芸センター 市民農園や子供たちに新鮮な野菜を食べてもらう活動、園芸の普及など幅広い活動をしています。ロングウッドガーデンのデュポンと関係があるようです
このデラウエア州やペンシルバニア州は北にあり、冬に非常に寒くなる地方です。ほぼすべての植物が枯れてしまうのですが、おもとだけは耐え、ますます殖えていっているようです。
 
 
 
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Nippon Lily はおもとのアメリカでの呼び名
 
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艶やかな赤い実が!さすがに-25℃はおもとにこたえるのか、二年葉、三年葉で寒さによる色落ちが見られますが、去年葉はいたって元気。
鹿に食べられない、寒さに強いことで、冬のガーデンの緑にぴったりです。

アメリカのオモト ワシントンDC スミソニアン博物館

ワシントンDC スミソニアン博物館の庭園の万年青

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アメリカ合衆国 国会議事堂
ワシントンDC 
日本とアメリカの交流の桜がある場所
ワシントンDC スミソニアン博物館の庭園の万年青
アメリカ合衆国 ワシントンDC
スミソニアン博物館群 ホワイトハウスや国会議事堂に歩いてすぐの場所
アメリカの最大級の博物館 国立航空宇宙博物館の月の石が有名です
多くのテーマにそった博物館があり、アメリカの農林水産省やエネルギー省などの国の建物も多い。観光客がひっきりなしにきていて非常に賑やかでした。
無料で、いくつかの博物館は多すぎるお客さんを入場制限していました。平日でした。2018年4月10日
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1848年、イギリス人の科学者ジェームズ・スミソンが「知識の向上と普及に」と委託した遺産を基金としてにつくられた。スミソニアン協会が運営する19の博物館並びに研究センターの施設群であり、多くはワシントンD.C.の中心部にあるナショナル・モールに設けられているが、ニューヨーク市、バージニア州、アリゾナ州、メリーランド州や海外(パナマのスミソニアン熱帯研究所英語版)に置かれたものも含まれる。収集物は1億4200万点にも及ぶ。
運営資金はアメリカ合衆国連邦政府の財源及び寄付、寄贈、ミュージアムショップ、出版物からの利益で賄われているため、入場料は無料である。
Wiki
おもとは万年青と書き、万年の繁栄を現す
江戸時代を始めるにあたり、徳川家康公が万年青3鉢をその身にたずさえ、最初に江戸城に入城し、床の間に飾り繁栄を祈願した
おもとの花言葉
厳しい冬でも常緑なことから
「永遠の繁栄 「長寿
心をこめた贈り物に最適のおもと
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上のスミソニアン博物館の庭園の中に万年青がありました!!!
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Rohdea japonica 万年青の学名
Sacred Lily【聖なるユリ】は普通の呼び方。他にも、ニッポンリリーとも呼ばれています。
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赤い実も発見!
色つやもよく、元気がいいです。寒い場所の常緑、ウィンターガーデンにアメリカではよく使われます。
 ウィンタートー ガーデン アメリカ、ペンシルバニア州

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ウィンタートー ガーデン アメリカ、ペンシルバニア州

デュポンファミリーは皆お庭、植物が好きだったようです。ここにもたくさんの研修生がいます
 
 
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森を主体にした散策を楽しむガーデンですが、森を抜けると開けた平原が

 

万年青 病害虫対策 アメリカ ロングウッドガーデンズの場合

ロングウッドガーデン(Longwood garden)

アメリカ フィラデルフィア近郊にある大きな観光庭園

自国の植物を大切にするアメリカ人

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-25℃でもおもとを育てているロングウッドガーデンにて
多くのガーデナーを志す生徒がいます。
皆、すべて違う考えを持っていて、デザインについても意見が分かれます。
温室の美しいロングウッドでは皆あのアメリカ式のゴージャスなデザインが好きかと思ったら、半分くらいが人工的なデザインはいいけど好きじゃない、このような自然のままのデザイン?が好き、将来そんな仕事に就きたいと言っています。
デザインというよりは、自国の自然のまま、保全をするようなイメージでしょうか。
イギリスでも、多くのナショナルトラストのメンバーが自国の木、花、植物でガーデンを作りたいと言っていて、国も英国の木を保全する活動に予算を割いています。公園などに自国の木を植えれば予算がつきます。
ロングウッドのゴージャスな温室を作るには、メキシコやカリフォルニア、フロリダ、カナダなどから3日や1週間かけて車で運び、色鮮やかな花や植物を揃えなければなりません。
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自国の、また、アメリカの場合ですと地域の植物、地形を生かした植物デザインでは、よりゆったりした、優しいデザイン、自然のままのデザインになります。落ち着く、心が静まるようなデザインがこれから伸びてくるのかもしれません。
植物が国をまたいで行きかうことで、病害虫や雑草がまん延することもあります。昔からの生態系を維持していくエコロジストが多くなっています。

ロングウッドガーデン

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-25℃でも外でおもとを育てているロングウッドガーデンにて 庭園内の彫刻

 

ロングウッドガーデン 噴水

外の庭園と、大きな温室が多数ある巨大な植物園。噴水や野外のコンサートなども行っている、植物を中心としたテーマパークといった方が正しいかも。

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ロングウッドガーデン 熱帯の部屋
小川と池がつくってあります。熱帯なので採光がよく、藻がよく育ってしまいます。こちらは、藻を防ぐための方法をいくつか持っていて、これは、黒い環境にも害のない液体を入れ、光の反射をよくし、かつ藻が光合成しにくくするものです。

温室は巨大で、それぞれにヘッドガーデナーというトップ、ボスがいます。害虫に対しては、それぞれのボスの方針で、徹底的に農薬で害虫を殺す、という戦略の方と、益虫などによる総合的な防除【IPM=Integrated Pest Management】を目指している方がいました。

病害虫の表 それを食べる益虫

病害虫   Spider

Mite  ハダニ

Thrips スリップス あざみうま

Aphid  アブラムシ

これから、特に3月の暖かくなってきた時期からスリップスの被害を受ける人がでてきます。豊明園では2月からスリップス用の予防薬をやります。これらの害虫は温室害虫とも呼ばれ、温室などの温かい場所で繁殖、越冬するので外棚はそこまで気にしませんが、温室では気を付けておきます。やわらかい新芽が好物なので、新芽の動き始めにきちんと防除。

上の写真のように、植物の小さな毛と同じくらいの大きさで1ミリ以下、ほぼ見えないと思います。あざみうま の名は多くが顔が長く馬面で、「馬出よ」といいながらアザミの花をふって、出てきた花粉食のアザミウマを数える古い時代の遊びに由来します。スリップスは6000種以上確認されていて、おもとの世界では害虫として嫌われていますが、他の害虫、ダニを捕食するものもあり、それらは益虫として研究が進められている。

多くが植物を食べるが、花粉や菌類の胞子を食べるものまでいる。足が短く、動きは活発ではないが風にのって移動する。ロングウッドガーデンは殺菌剤、殺虫剤も使用するが、基本的にできるだけそれらを使わず、益虫を使って温室内をコントロールしたいと考えていて、イギリスと同じく益虫を買っていた。

常緑 万年青の耐寒性 アブラムシ

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-25℃でもおもとを育てているロングウッドガーデンにて
朝6時半の温室
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外からくる植物のチェック
アブラムシを発見 1年で10万ポットの植物が入れ替わるロングウッドでは、約3万鉢が外から運ばれてきます。それらを可能な限りチェックして、病害虫を未然に防ぎます。
アブラムシやスリップスなど発見したらロットごとに注意書きをして、展示のチームへ 今の展示チームは天敵を使って防除するより、美しい温室のため、直ぐに殺虫殺菌剤を使うのを好むので、広がる前に防ぎます。

ロングウッドガーデン

ランとコンサーバトリー

奥に部屋があり、デュポンやプライベートでの晩餐会、音楽会がある。奇跡の星の植物園でも結婚式や前撮りをされる方がいましたが、こちらでも同じように植物園、温室を楽しく使っています。コンサーバトリーとは大きな温室、という意味。

今日聞いて今も信じられないのですが、ロングウッドガーデンはネコを20匹飼っていて、ネズミを捕るのに使っているそうです。私が主に仕事をしている繁殖温室は殺虫殺菌剤を使うのでいませんが、それらを使わない温室はネコをはなしているそうです。ガーデナーたちの癒しにもなっているようです。ちなみに未だにネズミは見たことがありません。   2018年2月 研修

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今、病害虫研究室で研修中
この中で植物を育て、虫を観察します。
天敵を使った防除を試みていて、ここでは他に、わざわざ害虫を育てています。天敵のえさにするために。

 

完全装備で消毒

完全装備で消毒  -25℃でもおもとを育てているロングウッドガーデンにて薬剤散布の様子

 

おもとの害虫対策

オルトランDX粒剤 5号鉢に1gを目安 浸透移行性殺虫成分が植物に吸収され、植物全体を害虫から守る効果が持続します。

浸透移行性

オルトランDX粒剤 農薬は根から吸収されます。おもとの芽が動く前からおこなうときれいな新葉がでてきます。特に中葉や大葉におこないます。

ハダニ、雁 ロングウッドガーデン

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-25℃でもおもとを育てているロングウッドガーデンにて
朝  雁 がん を探しています
雁のふんが病気を伝染させるので、雁をみつけたら近づいてガーデンの外へ逃がします
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今、病害虫の研究所にいます。
1200種以上いるといわれるハダニをチェック。0.5ミリ以下なので最初はなかなか見つかりませんでした。
白い粉みたいなものは脱皮した殻で、三回脱皮します。気温が高く、乾燥した場所を好むので、ほぼ葉の裏にいます。葉の裏に霧吹きを掛ければ防除になります。
殺虫剤は益虫も殺すので使うのは最後の手段、という考え方で病害虫防除をしています。ハダニの天敵、ケナガカブリダニや、ハダニアザミウマ(スリップスの一種)を使って、天敵と、ハダニのバランスを取りながら防除していきます。
虫を捕る黄色のくっつく紙も使います。
竹酢液や自然のもので対処していく私たちの考え方とも合っていて、面白いです。
竹酢液 においで虫を来なくさせて、病気の侵入、媒介を防ぐ 害虫がこなくなるのが一番安心
ダニ用 アファーム乳剤 エセダン乳剤
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同じ水コケを使っていました。
おもとでは4A, 3Aを使うことが多いです。
こちら地下室で日を当てないように保管し、使い切るようにしています。培地で根を出させたランを水コケで管理しています。
この水コケは質はなかなかでした。棘や落ち葉は少々。気になる方は手袋をして使いましょう。棘には気を付けて。
 
 
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研究棟 クリーンベンチ
すべてアルコール消毒をしてから始めます。菊の培養。ロングウッドは菊が非常に有名ですが、このように1-2年前から苗を作っていきます。
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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより

3/10からサマータイムが始まりました
緯度が高いところでは夏と冬の昼間の時間が違うので、サマータイムを採用しているところも多いです。このアメリカとイギリスではサマータイムがあります。一時間時間が早まります。カナダでは、夏、日が落ちるのが夜の11時になることも。

 

ロングウッドガーデンのガチョウ

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-25℃でもおもとを育てているロングウッドガーデンにて
ガチョウの足跡2018/3/31
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ガチョウのフンで藻が異常発生するので、チェックしています。
夏は日本の愛知県と同じくらい湿度が高く、気温もあがるペンシルベニア州。湖は蚊の発生を抑えるため、常に空気を入れています 水が動いてさえいれば、蚊はでてきません。メダカなどでボウフラを食べてしまうのもいいですね。10円玉などの銅もいいそうです。
有害な藻を抑えるのに、藻をたべる微生物も使っています。
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ロングウッドガーデンにて

温度を積算?を測る機械

今年は例年に比べかなり寒いです。この毎日のデータを例年と比べ、虫の発生を予測します。今年はいつもより遅く発生するでしょう。

 ロングウッドガーデン インターン

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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより

雪の日
 
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研究棟
2時間前に雪かきしたばかりでこんなに積もる、この日は6時の閉館が2時になりました
 
数日前はみんな半そで半ズボンの春や夏がきた!って格好だったのに、、
彼女は研究棟の研修生で、24才、大学で学位をとってロングウッドガーデンの研究室でインターンをしています。アメリカの就職事情はかなり厳しいようで、学位まで取った学生も多くは卒業までに就職できず、パートタイムや職探し、その他にこのようなインターン(このインターンも人気の場所は競争が激しい、、)をして経験を積みます。経験さえあればポストさえ空けばどんな仕事もすぐに決まるそうですが、なかなか学生にそこまで要求するのか、という感じもします。また、コネが非常に重要だともいっていました。
 
 
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彼女はテネシー州からきているのですが、実家に帰るのは10時間のドライブ。こちらでは当たり前で、イチローのマーリンズまではロングウッドから3日かかりますが、植物が運ばれてきます。夏の休暇、サンクスギビング11月終わり クリスマスとあと数回帰るそうです。車社会です。
ちなみにロングウッドガーデンの北東にニューヨークがありますが、そこまで車で3時間です。
 
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この森を抜けて仕事に行きます。朝6時半
 
中国人の研修生にとって、このインターンは非常に特別なもので、代々、先輩から限られた後輩へ伝えられているそうです。
コソボの人にとっては、大学の4-5年のうち2年は国内や国外のインターンが授業の一つで、インターンのリストと推薦状を渡され、自分で申し込みます。実地で学び、職に生かすという考え方でしょうか。彼女はニューヨークのアジサイ農家を選び1年研修し、このロングウッドガーデンにまた1年研修で来ています。インターンリストはアメリカからヨーロッパまで様々。

ロングウッドのクリスマス

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-25℃でもおもとを育てているロングウッドガーデンにて
ロングウッドのクリスマスは一年前から始まっています
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一年前から皆で分担して、クリスマスボックスやツリーの飾りつけを作っていく
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ボックスの紙とリボンを選んでいるところ
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-25℃でもおもとを育てているロングウッドガーデンにて
クリスマスの飾りの倉庫、一軒丸々使っています
1年以上前からクリスマスの準備をしています
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-25℃でもおもとを育てているロングウッドガーデンにて
大きな敷地の中に家がいくつかあり、ガーデナーのための家だったり、クリスマス用品の倉庫だったり、、
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ビールショップに行ってきました。ペンシルバニア州は歴史がある、古い州でアメリカの禁酒法の名残で、普通の食料品店でお酒が買えません
ビールを買うにはビールショップへ、ワインやウィスキーを買うにはリカーショップ?へ行かないと買えず、たくさんは飲みませんが好きな私としてはなかなかひと手間です。
こちらはビール文化?があり、種類がめちゃくちゃ多い!アメリカ全土、世界中に輸出するような大きな会社から、ペンシルバニア州だけ、もしくは小さな街だけ、のようなほんとに小さなビール会社まで。
 
一緒に働いているガーデナーの夫が数人でビール工場を始めていて、今ちょうどアルコールを売る許可の申請中。日本よりかなり敷居が低い気がします。
禁酒法
アメリカ合衆国史における禁酒法(きんしゅほう、英語: Prohibition)は、1920年から1933年までアメリカ合衆国憲法修正第18条下において施行され、消費のためのアルコールの製造、販売、輸送が全面的に禁止された法律である
wikiより

プロフェッショナルガーデナー

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-25℃でもおもとを育てているロングウッドガーデンにて
2年制のプロフェッショナルガーデナーたちのプラントセールス。
自分たちで育てた野菜や花、展示で使い終わった植物を集めて、他の職員や来場者に売っています。
このお金を集めて、イギリスガーデン旅行(修学旅行?)のお金にします。
寄付で自分たちの学費は払わなくてよく、逆に半分以下ですがロングウッドで働くことで、お給料ももらいながら、という学校の運営の仕方は非常に勉強になりました。

石と万年青の永遠性 ロングウッドガーデン

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ィラデルフィア チャイナタウン
春節
5~8頭の獅子が獅子舞を踊り、店の前で爆竹を付けていく。すごい迫力で鼓膜がやぶれそうなぐらい。最後に、レタスがつけてあり、それを獅子が食べて次の店へ
レタスは中国語で『生菜』とかいて ションサイ と発音します。『成財』と同じ発音になるため、縁起がよいということで、レタスなんですね。ちゃんと食べた証なのか、獅子舞から食べられたレタスが高々と少しづつ放り上げられます。
 
 
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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより
晴れていたので昼休みに皆と散歩。春の訪れを感じます。
現在は研究部門にいるので、写真禁止な場所や植物が多いです。ロングウッドガーデンだけの新品種やその交配、論文用の植物、研究を手伝っています。
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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより
春らしくなり、葉も元気になってきました。何度も復活してくる強さが万年青にはあります。
日本庭園ではおもとは単体で植えられることは実は多くなく、木の元や石の元に植えられます。特に石とおもとは縁起の良さという点で相性がよく、石の変わることのない永遠性と、万年青の万年栄えていくという永遠性が掛け合わさって、非常に縁起がよい取り合わせだと言われています。おもとをさりげなく使い、かつ、おもとの緑が場を引き締め、日本庭園を素晴らしいものにしてくれます。
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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより

雪がたまたま降ります
おもとは雪が降っても元気

ロングウッドガーデンの夏の気候

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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより

スノードロップ
おもとの近くにあります。
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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより
おもとの近くにあります。
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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより

おもとの群生の近くのタワー
ここペンシルバニア州は日本の夏に気候が似ていて、夏はかなり蒸し暑い、湿度の高い夏が来るそうです。イギリスでは冬は寒くても、夏はかなり涼しく、多くの夏に弱い植物でも生き残れますが、ペンシルバニア州では夏の湿度にも、冬の-25℃にも耐えうる植物でないと外では生き残れません。
そのロングウッドガーデンで元気に、どんどん増えているおもと。おもとは丈夫だとはわかっていましたが、こんなに丈夫だとは。相性もよかったんですね。
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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより

春に向けてチューリップ花壇

鹿よけの ネット
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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより

2月の後半から鹿よけの電気柵を張っていく 夜6時、閉園した後にインターンがきて、柵をはる。
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鹿害

鹿はチューリップがよほど好きなようで、若芽が食べられている
アメリカの大きな問題のなっています。ガーデニング好きな人から困っているという話をよく聞きます。特に、この場所はかなりの田舎で近くに林も多く、チューリップや野菜をやられたという話です。
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鹿用のピーナッツバター

これを電気柵につるし、このピーナッツバターを食べに来た鹿がビリっとなってこなくなる
土日も含め、近くに住んでいるインターンが電気柵をやります。住むところを与えられていますので、皆さんこういった仕事もきちんとやります。2人づつで、朝も早いです。
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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより
研究棟の廊下
ロングウッドの菊は展示が素晴らしく、秋には菊を見に世界中からお客さんが集まります。その原点がこの靖国神社に奉納された菊
おもとと同じように、1000年前から日本で薬草としても使われていた菊。皆が、日本では菊は1000年の歴史があるんでしょ?と聞いてきます
1000年前の薬草の本におもとと一緒にでてくる菊
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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより
研究棟の廊下
椿は常設展示しています。菊に魅せられたアメリカ人
菊という日本、中国の植物をデザインでまったく違う印象にさせるロングウッドのデザイナーにはたまげます。
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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより

ここからゆっくり歩いて5分の場所におもとが植えてあります。もう20-30年になるので、自生しているような感じです

Koyo 君子蘭 Clivia サンライズSunrise 竜骨と甲竜

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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより

研究棟 君子蘭
このロングウッドガーデンで新しくできたサンライズSunriseという品種。おもとの甲竜のような山が花びらにできています。こちらでは船底の竜骨Keelingという言葉で表現していて、非常に面白いなと思いました。オモトでは竜の背ひれに見立てるよと教えてあげるとそっちのがかっこいいじゃんと。やはりここで作った品種なので思い入れがあり、皆さん好きなのが伝わってきます。ちなみに、300-900ドル。フィラデルフィアフラワーショーと、ロングウッドガーデンの売店で売っている珍しいもの。
君子蘭の黄色の花を最初に見つけたのはうちの研究員だといっていました。
君子蘭 Clivia クライビア Wikiより
クンシラン(君子蘭)属 Clivia は南アフリカ共和国スワジランドに産するヒガンバナ科の属のひとつで、クリビア ミラビリス Clivia mirabilis を除き森林の薄暗い場所に自生する。「ラン」とつくが「ラン科」ではない。クロンキスト体系ではユリ科に含める。
ウケザキクンシラン(受咲き君子蘭)Clivia miniata の園芸品種が日本国内では良く知られている。
肉厚の葉とオレンジ色の花を楽しむ園芸植物。南アフリカの平原が原産。ヨーロッパを経由して、日本には明治時代に渡来した。ヨーロッパでは花を楽しむものとされていたが、日本では万年青などと同様にの美しさを楽しむようになった。それゆえ、古典園芸植物に分類される。
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北アメリカ君子蘭協会 君子蘭コンテストのお手伝いをしました。
植え替え講座
アメリカでも日本でも、同じようなことをしているんだなぁと関心 根も太く、万年青と同じように割り子もしますし、アケボノといった言葉も通じます。
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斑入りや羅紗葉、花の形など多くの品種があります。

皆さん植物が大好きでたまらない様子。
数人の方は車で10時間!!?かけてロングウッドまで出品に!日本のおもと大会でも熱意のある方はそれ以上遠いところからいらっしゃいますが、こちらでも。好きですね。

Gunjaku 君子蘭 ロングウッドガーデン

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研究棟 フィラデルフィアフラワーショーの準備 君子蘭
こちらでは、素立の部、株立ちの部があり、それぞれ競う
鉢は素焼き鉢かプラ鉢であまり気にかけないようです。おもとのように鉢も含めた総合芸術としてみているのではなく、花と姿が主体
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これらの君子蘭の葉を拭いていきます。
おもとの羅紗の襟組のように、葉元のジグザグ(ジグザグで通じます)を鑑賞する文化があるようで、そこもきれいに拭きます

フィラデルフィアフラワーショーの準備 君子蘭

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フィラデルフィアフラワーショーの準備 君子蘭
研修生全員でショーのために君子蘭の植え替え、葉を拭いて、花の支柱を立てる。おもとと同じく、首元の襟組をみるので、そこも綺麗に拭いて整える。花の時期は一定ではないので、早く咲いたものは少し寒いクーラーへ入れる。
花は本当に素晴らしいです。おもとの大会を見ている私としては、やはり鉢にこだわらないのはもったいないような気もしてしまいます。どんなに素晴らしい君子蘭でも、素焼き鉢では、、。逆に花が素晴らしく華やかなので、鉢にこだわらない方が引き立ててよいのかもしれません。
デュポンの家には、飾り鉢の植物はたくさんあり、鉢を楽しむのは一部の人の趣味なのかもしれません。海外の人が日本の園芸をみてその種類や歴史に驚くと同時に、鉢の素晴らしさに驚きます。文化の違いもあるかもしれません。
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ロングウッドガーデン
航空写真
今も庭園が拡大を続けています。
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-25℃でもおもとを育てているロングウッドガーデンにて

アメリカのおもと

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寒さの厳しさと、鹿の多さ 
アメリカの冬に非常に適しているおもと
イギリスも冬の寒さが厳しければもっと万年青がクローズアップされるでしょう。暖流の影響で、北海道からそれ以上の緯度にも関わらず、比較的温暖なイギリスではおもとだけが残るということはなかなかないです。
アメリカは-25℃【フィラデルフィア】まで下がり、鹿が非常に多いので、様々なガーデンで冬に万年青だけが残ります。
日本の鹿が多い自生地で万年青が殖えているのと同様、
面白い発見でした
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-25℃でもおもとを育てているロングウッドガーデンにて
ガーデンの様子
春らしくなってきました

デュポンハウス

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デュポンハウス
ここにデュポンは住んで、園芸を、庭つくりを楽しんでいました
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ドッグウッド ハナミズキ?の病気
先端が黒く枯れているのがわかるでしょうか?
すべての病気がわかるわけではないので、わからない病気は提携している大学や研究機関と調べます
まずは写真をとって

 Choshun-kaku ボランティア 土壌検査 ロングウッドガーデン

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-25℃の極寒でおもとを外で育てているロングウッドガーデンより

元高校教師、大学教授のスティーブ、椿の土壌採取をしているところ
この常勤のスタッフからボランティアを含めると1500人以上が働いているロングウッドガーデンだからこそかもしれませんが、リタイアした人が以前の職を生かしてボランティアをしています。皆さん週に1回、遠くの方ですと1時間以上かけて午前中だけ一緒に働きます。皆さんお孫さんに会いに行くから来週はパス、だったり、自分の予定と合わせて、ボランティアを楽しんでいます。
おもとの世界もそうですが、多くの志のある方によって支えられ、おもとという文化が育っていき、次の世代に伝えられていきます。
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アメリカ人の気質なのか、やるとなるととことんやり、あとは終始リラックス。また、やる気のある人や能力のある人にはかなりの権限?を与えて、自由にやってもらっている印象です。ロングウッドガーデンの土壌の検査はほぼこのスティーブが一手に担っています。彼のスマホにはガーデナーから土壌検査の依頼がたくさんきます。

 

おもとは万年青と書き、その常緑が永遠に続くかのように栄えていったので、万年、青々と栄えるという意味で、万年青と書きます。

アメリカのオモト ワシントンDC スミソニアン博物館

おもとの耐寒性

 

ロングウッドガーデン

Nippon Lily
Rohdea japonica
アメリカ、それも一番のガーデンと言われるロングウッドガーデンでおもとを発見しました!!
Lily family ユリ科 となっていますが、今はアスパラガス科になっていて、時代を感じます。
少なくとも1993年からありました。
ロングウッドガーデン 温室を外からみる、朝は雪がありました。
とても巨大な温室でバラの部屋、ランの部屋、熱帯やバナナ、ヤシ、盆栽など多くの種類の温室があります。
おもとは万年青と書き、その常緑が永遠に続くかのように栄えていったので、万年、青々と栄えるという意味で、万年青と書きます。
おもとの花言葉は
一番は冬でも常緑なことから
「永遠の繁栄 「長寿
そこから派生して、
「長寿」「崇高な精神」「長命」「母性の愛」「相続」
心をこめた贈り物に最適のおもと
ロングウッドガーデン
上の写真の左側がFountain Garden 噴水の庭 になっていて、この建物の彫刻から、前の庭で噴水をします。デュポンは若くから庭つくりを愛していましたが、科学や技術、芸術にも興味が深かったです。20才前後にフィラデルフィアでみた噴水ショーにみせられ、温室の中にも大小様々な噴水があります。
ロングウッドガーデン独特の噴水の庭を抜けると、木立になっていて、奥にとても美しい濃緑がみえます。
なんとおもとの群生が!!!
嬉しさで足がふるえました。遠くから見えていて、どきどきしながら近づいていきましたが、アメリカで一番嬉しい時です。

おもとの耐寒性

この日は0~5度ほど。それでも濃緑のおもとの葉はつやつやとしていて、正月を祝う赤い実は真っ赤に色づきます。少し前の-20℃の寒波でもへっちゃらで、今までの寒さに強いという考えを改めて、寒さに非常に強い、とおもいました。
日本庭園と同じように、常緑の木の下におもとを植えたり、石の脇に植えてあるのをみて、面白いなと思いました。この写真のおもとは直接霜が当たる場所ですが、青々としています。この寒さでも元気に青い葉と赤い実を見せてくれるので、神聖で、天福の霊草といわれたのかもしれません。
石とおもとは石の永遠に変わらないことと、おもとの代々栄えながらも永遠にかわらないことを掛けている、非常に縁起の良い取り合わせです。
こちらは常緑の木の下で
実生でも増えているようで、いくつかこのグループの外にもおもとがありました。このグループは何種類か株が混ざっているようで、広葉のものと、細葉のもの、葉の長い短いがありました。
アウトドアガーデン 外の庭でこれほど大群落をつくっているのはおもとだけで、なぜこれほどまで愛されているのか、考えると、アメリカでも鹿害が非常に問題になっていて、植えたチューリップがすべて鹿に食べられたり、若木や他の植物が食べられたりと困っています。ハンターがわざわざ道をとめて狩りをする日があるぐらい、問題になっていますが、おもとは昔から薬にもなっていたように、毒をもっていますので、鹿はたべません。淡路島や広島の島でも鹿害のある場所ではおもとだけが残るということがありますが、鹿に食べられない、電気柵や高いフェンス、堀をつくる必要がないのは非常に楽で、ありがたいことです。
おもとの耐寒性
ついついおもとが可愛いので過保護にしがちですが、おもとは実は非常に寒さに強い植物です。
おもとを厳しく育てている方は、このように10センチ以上の雪にずっと埋まっていても大丈夫だとしっているでしょう。あまり寒さが厳しいと綺麗には育ちませんが、その分強く育ちます。昔、ハワイで育てれば年中育つので倍の速さでおもとが大きくなるといって育てた方がいましたが、なぜだか2-3年目くらいから調子が悪く、うまくいきませんでした。おもとは冬の寒さを必要としているのかもしれません。
 
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アメリカでは、-25℃の環境でも元気に育っています。温かいところに育てているおもとをいきなり-25℃の環境にしてはさすがにおもとも参ってしまいますが、ずっと外で管理していれば、おもとも環境に慣れて、寒さ、暑さに適応します。
万年青が万年、青々と常緑を保つのも、冬の寒さに強いからです。多くの植物が秋から冬にかけ葉を落とすのに対し、万年青は冬こそ青々と元気になります。
古代の日本人は寒さ厳しい冬に、青々とした常緑を保つ姿に神性をみて、生花では正月、祝いの花に、徳川家康公は引越しの縁起物に、万年青を使いました。
万年青の名もそこから来ています。
万年青が縁起物として重宝されるのと、耐寒性は切っても切れない間柄だったんですね。
常緑で耐寒性に優れるおもと。是非冬のお庭や野山でおもとを楽しんでみてください。
輝く赤い実
ありがたい
歴史を感じさせるおもとのラベル
Rohdea japonicaの文字が光ります
2018年2月7日 アメリカ研修にて