薬草、和漢方としての万年青 薬効 藜蘆は万年青? レイロ リロ


和漢方としての万年青

 京都の武田薬品薬草園の大判薬草図鑑には万年青は載っております。

 また、某薬品会社から漢方薬として使うため、万年青の芋を1万株依頼されたこともあります。

万年青は藜蘆なのか?

最古の生け花 池坊の資料

 下は文化8年(1811) 池坊の免許状の一つですが、万年青を藜蘆レイロと書いてあります。池坊専應口伝(1542)にも藜蘆として万年青の生け花がのっているそうです(そちらは私は現物をみたことがありません)。

万年青の生け花について

 また、いくつかの古書には藜蘆はシシノクビキ、ショロソウ、ホソバシュロソウ、バイケイソウであり、万年青ではないと書かれているものもあます。

 生け花で藜蘆とすると絵ものっており万年青に間違いないのですが、他では絵がのっていないことから正しいとも間違っているとも断定しにくいというのが実情です。

1603年 イエズス会の日葡辞書

1603年にイエズス会がキリシタン宣教師のために長崎で刊行した日葡辞書(日本語、ポルトガル語の辞書)には藜蘆、リロにヲモトと当てています。

1603年刊行の辞書なので、その当時の言葉の音(オン)や使われていたのかなどが分かります。

中日新聞 世界で4冊目の日葡辞書をブラジルで発見

 

室町時代の辞書より 藜蘆(万年青)

資料は国会図書館より

饅頭屋節用集

室町時代末期と言われる 奈良の菓子商で歌人・歌学者でもあった饅頭屋宗二(林逸1498~1581)が刊行した書物。唐宋の詩文や節用集などがある。

雑字類書

レイロと書いて万年青とよむ 室町時代中期

室町時代の辞書は節用書、類書といわれ、イロハ順で書かれる。万年青はヲモトという表記になるので、ヲを探します。

節用集 室町時代

室町時代は1336-1590(戦国時代まで含めると)

 

これら室町時代の辞書には藜蘆にヲモトとしてしかルビがふっていないため、藜蘆は万年青を指すと考えています。

藜蘆など多くの薬草や植物の「漢字」が中国から入ってくる際、非常に困ったと思います。薬草の知識、植物の知識、中国語の知識、日本のそれぞれの地域の言葉などすべてがそろわないと中国ではこの植物だけど日本では違った、や日本にはその植物がなかった、場所場所で名前が違った、ということがありうるからです。

江戸時代の薬草園・尾張藩御深井御薬園の薬草 藜蘆(万年青) 徳川八代将軍・吉宗の藜蘆について 

江戸時代の尾張藩御深井御薬園や徳川八代将軍・吉宗の藜蘆(万年青)についての考察です。趣味の山野草より
増補改訂 日本薬園誌の研究
昭和5年
著者 上田三平
  

万年青の薬効

万年青の来歴

中国や日本の古書にどのように万年青は載っているのか

万年青の薬効は?

花とくすり 和漢薬の話

難波恒雄
(株)八坂書房
1981年4月25日 初版発行

万年青の歴史年表

 
原色おもと図鑑より

江戸時代の幕府薬草園に万年青  |  尾張藩御深井御薬園とおもと  |  月刊誌・趣味の山野草掲載 栃の葉書房

 

 

萬年青は薬草、毒草? 神農本草経

暴れん坊将軍 8代将軍・徳川吉宗と万年青

実際、何に効く?

じいちゃんが使っていた、万年青の芋 豊明園の場合

 

豊明園2代目が煎じて飲んだ万年青 ※絶対に真似しないでください

 

萬年青は薬草、それとも毒草?

トピックは、

萬年青は5000年前から薬草?

どんな薬の効き目があるのか?

大手製薬メーカーからの問い合わせ

素人療法は危険!飲まないで

豊明園2代目の使い方

実際何に効くのか どう使っていたのか 江戸時代の書物や伝承の民間療法を紹介します

まとめ

です。高評価、チャンネル登録していただけると万年青を広く知ってもらえますので、よろしくお願いいたします。

では、いってみましょう!

 

萬年青は5000年前から薬草?

萬年青は日本、中国で古くから薬草として、引越しの際にその家に一番最初に入れ、その家の常備薬として使われてきました。中国最古の薬草書、『神農本草経』にも万年青は薬草として紹介されています。江戸時代終わりの、西洋医学が入ってくる前までの日本の薬、医療の大元になっている本です。この『神農本草経』は、神農、農業の神様とも言われる神農という5000年前の皇帝が、自分で1日100種の草木、鉱物を食べたりなめたりして、人の体に良いもの、悪いもの、薬になるものを365種選別したものです。

この植物などを調べていく過程で、育て方、土壌、体に良いかどうかが分かるようになり、暦、すき、斧を発明し、農業と医療の神様として祭られています。日本でも、東京都文京区湯島の湯島聖堂や大阪の薬祖神社(やくそじんじゃ)、少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)にもこの神農を祭る廟があります。※神農については諸説あります。

では、どんな薬効があるのでしょうか?

萬年青は薬草ですが、飲むことはまずしません。実際の民間療法で紹介しますが、ほぼ患部に塗る、洗う、として使用されます。

薬の効き目の元は、万年青の芋には強心配糖体 ロデインを含んでおり、強心剤 つまり心臓の刺激剤になります。似たような成分を含んだものに、ジギタリス、スズラン、フクジュソウ、キョウチクトウ、クリスマスローズがあります。

大手製薬メーカーからの問い合わせ

一時、大手製薬会社が強心剤として開発したこともあり、万年青が薬草であるのは間違いありません。私たち万年青の豊明園に、1万本の万年青の芋を用意できるか、との連絡がありました。

素人療法は危険!飲まないで

萬年青は、強心剤のような強い薬なので、量を間違うと大変なことになります。素人療法は危険です。また、薬草毒草図鑑にも、食べるには毒草として紹介されていますし、神農本草経にも、毎日飲むものではなく、何かあった時に使う、強い薬として、紹介されています。話はそれますが、日本の里山では鹿やイノシシの農作物や木の葉っぱの食害が問題になっていますが、鹿やイノシシも万年青だけは食べません。森に入ると、万年青と高い場所の葉だけが残る自生地もあります。

豊明園2代目の万年青の使い方

豊明園2代目は心臓が悪かったこともあり、万年青の芋をスライスして日陰で乾燥させ、煎じて、急須で飲んでいました。最後まで元気に92まで長寿を全うしました。

 

実際何に効くのか?どう使っていたのか? 江戸時代の書物や伝承の民間療法を紹介します

これは、万年青を使うことを推奨しているのではなく、どんな民間療法があったかを紹介するものです。万年青は確実に薬にも毒にもなりますので、専門家と相談の上でご使用ください。

薬草としての万年青は、多くの書物、伝承で痔に効くと言われています。それも、万年青の全部を使っています。使用法は、

万年青の生の葉の汁をぬる

葉を乾燥させ、煎じて患部を洗う

根を煎じて「薬や茶をよく煮ることによって、その成分を出すこと」、患部を洗う

万年青の赤い実の綿を切れ痔に付ける

この中で、赤い実の綿は、痔にきくようで、実際に何人かのお客様で使用例があります。

他にも、

歯の痛み 萬年青を粉末にし、虫歯に入れれば神効果 ただし飲んではいけない

胸や心臓の痛み 万年青の根を粉にして糊で丸め、1,2粒づつのむ

蛇の毒 萬年青を削って患部に塗る

腹痛・下痢 根を米のとぎ汁で洗って 干して刻んで粉末にし、耳かき一杯飲む

疥癬 万年青の根、葉を煎じて患部を洗う

疥癬とはヒゼンダニ(疥癬虫:かいせんちゅう)というたいへん小さなダニが人の皮膚に寄生(きせい)しておこる、かゆみを伴う皮膚の病気です。 この病気には通常疥癬(つうじょうかいせん)と呼ばれるものと他の人に感染する力が強い角化型疥癬(かくかがたかいせん)と呼ばれる2つの種類の病型(びょうけい)があります。

など、マユツバのものもありますが、心痛の時に少量をのむこと、は現代の強心剤としての使い方と同じですし、他は患部に塗るだけで飲まない、服用しないなど現代にも理にかなった使い方をしているのはまだまだ研究の余地がありそうですね。

 

まとめ

萬年青は薬草 約5000年前から薬草として認識されていました。

どんな薬の効き目があるのか? 強心剤の元となるロデインを含んでいます。

大手製薬メーカーからの問い合わせ 大手メーカーが万年青を原料にした強心剤として開発していました。

素人療法は危険!飲まないで 強心剤のように強い薬なので、素人療法は危険です。

実際何に効くのか どう使っていたのか 江戸時代の書物や伝承の民間療法では、痔、歯痛、胸や心臓の痛み、蛇の毒、腹痛・下痢に使われていたようです。いくつかは現代医学でも間違っていない使い方をしていました。

 

万年青は5000年前からの薬草ですが、強心剤の元にもなる薬で、実際に大手製薬会社から万年青を原料として強心剤が開発されていました。江戸時代の民間療法では、痔や胸の痛みなどにも使われていましたが、素人療法は危険です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神農本草経』万年青だけでなく、胡麻 甘草 松脂 水銀 百合 蟹など様々なものが入っています。

中国最古の薬物学書

約5000年前 メソポタミアでシュメール人による都市建設 マヤ文明による天地創造の日 ユダヤ暦の天地創造 日本は縄文時代中期 陸稲がすでに始まり、

古代中国の伝承に登場する三皇五帝の一人。人々に医療と農耕の術を教えたという。神農大帝と尊称されていて、医薬と農業を司るとされている

神農の時代に物々交換などの交易をする市場がはじめられたこと

5000年前の皇帝 中国4000年の歴史のそのまた昔 伝説の王様

365の薬草、果実、野菜と五穀(米、麦、もろこし、粟、豆)を選定しました。

この過程で、神農は、いかに植物が成長するか、それぞれの薬草に適した土壌、繁茂の季節などを理解するようになりました。

神農は暦、すき、斧を発明したと言われています。広域にわたる耕作、保護、そして食料の貯蓄を編み出すことで、民が飢えないようにしました。これが中国での農業の始まりとなりました。数千年後、漢朝の学者によって、神農が発見したことを基に『神農本草経』がまとめられました。

 

 

 

 

Wiki

神農本草経』(繁体字: 神農本草經; 簡体字: 神农本草经; 拼音: Shén nóng běn cǎo jīng; ウェード式: Shennung Ben Ts’ao King しんのうほんぞうきょう[1][2][3]、しんのうほんぞうけい[2][3] または しんのうほんぞうぎょう[要出典])は、後漢から三国の頃に成立した中国本草書である

『神農本草経』は神農氏の後人の作とされるが、実際の撰者は不詳である。個々の生薬(漢方薬)について解説したもの。中国最古の薬物学書であるとされる[5]。365種の薬物を上品・中品・下品(上薬・中薬・下薬ともいう)の三品に分類して記述している。上品は無毒で長期服用が可能な養命薬、中品は毒にもなり得る養性薬、下品は毒が強く長期服用が不可能な治病薬としている[3][6]

500年永元2年)、南朝陶弘景は本書を底本に『神農本草経注』3巻を撰し、さらに『本草経集注』7巻を撰した。陶弘景は内容を730種余りの薬物に増広(ぞうこう)している。

こうして中国正統の本草書の位置を占めるようになったが、現在みることができるのは敦煌写本の残巻や『太平御覧』への引用などにすぎない。

その復元を図ったものとしては、代の盧復朝の孫星衍、日本の森立之によるものなどがある。

 

上薬

  1. 霊芝(レイシ)・・・「猿のこしかけ」とよばれる菌類(きのこ類)の生薬。自然治癒力を高める生薬とし有名です。
  2. 田七人参(デンシチニンジン)・・・血液をよくする(正常化)生薬と考えられ、血液サラサラにするということで話題にもなりました。
  3. 冬虫夏草(トウチュウカソウ)・・・虫に寄生するキノコで、薬膳料理などにも高級食材として使われる生薬です。希少な生薬で価格が高騰することもあります。特に、肺など呼吸器系の抵抗力を増すといわれています。
  4. 枸杞子(クコシ)・・・「クコの実」としてスーパーなどでも、たまにみかける身近な生薬です。特に「目」にいいといわれています。美肌効果、美容効果などで女性の間でブームになりました。杏仁豆腐の上に乗っている赤い粒がクコの実です。

Wiki

神農

神農

神農

神農(しんのう)、炎帝神農(えんていしんのう)は、古代中国の伝承に登場する三皇五帝の一人。人々に医療と農耕の術を教えたという。神農大帝と尊称されていて、医薬と農業を司るとされている。薬王大帝(やくおうたいてい)、五穀仙帝(ごこくせんてい)とも。

概要

神農は医療と農耕の知識を古代の人々に広めた存在であると伝承されており、その名は最古の本草書『神農本草経』(しんのうほんぞうきょう)の書名にも冠され残されている。

伝説によると神農は、木材をつかって農具をつくり、土地を耕作して五穀の種をまき、農耕をすることを人々に伝えた。また、薬となる植物の効用を知らせたとされる。そのために薬草と毒草を見極めようと神農はまず赤い(赭鞭)で百草(たくさんの植物)を払い、それを嘗めて薬効や毒性の有無を検証した。神農の体は頭部と四肢を除き玲瓏透明で、内臓が外からはっきりと見えたという。もし毒があれば内臓が黒くなるので、そこから毒が影響を与える部位を見極めたという。その後、あまりに多くの毒草を服用したために、体に毒素が溜まってしまい、最終的には罌子(ケシ)を服用したとき亡くなったという[1][2][3]四川省に伝わる民間伝承では「断腸草」という草を嘗めたのが最後で、腸がちぎれて死んだともされる[1]

淮南子』に、「古代の人は、(手当たり次第に)野草、水、木の実、ドブガイタニシなど貝類を摂ったので、時に病気になったり毒に当ったりと多く苦しめられた。このため神農は、民衆に五穀を栽培することや適切な土地を判断すること(農耕)。あらゆる植物を吟味して民衆に食用と毒草の違い、飲用水の可否(医療)を教え、民衆に知識を広めた。まさにこのとき多くの植物をたべたので神農は1日に70回も中毒した」とある[4]

本草学の始祖であるという伝説的な存在であることから、本草学の書物には「神農」という名を含んだ書名の存在したことが見られるが、その古い時代のものの多くは散逸して残存しているものは少ない。

周易』繋辞伝下に、「伏羲が没すると神農が治めた。神農は木を加工して農具を作り、農具のメリットを民衆に教え広めた。これは「益」という卦を参考にしたのだろう。また神農は昼に市場を開き、民衆を呼びよせた。市場ではあらゆる商品が集まり、人々が交易して帰ると、それぞれは望む物を手に入れていた。これは「噬嗑(ぜいごう)」という卦を参考にしたのだろう」とある[5]

神農の時代に物々交換などの交易をする市場や店がはじめて出来た、とする伝説も『潜夫論』にあり[1]、『十八史略』などでも「人をして日中に市をなさしめ交易して退く」とある。

代に五行説が流行するとともに南の方角を示す炎帝と神農とが同一視されるようになり、古代中国の帝として歴史書などに記されている[6][7][8]

炎帝神農氏

神農は初代炎帝ともされる。初代炎帝は、古代中国の王で、姓は姜。120歳まで生き、長沙に葬られたといわれている。もしくは陳に置いていた都を魯に移し、140年間在位したとも伝えられている[9]。『帝王世紀』には五弦の琴を発明し、また伏羲の作った八卦を2段に重ね、さらに研究して8×8の六十四の卦を作ったとある[6]。神農の末裔たち炎帝神農氏は黄帝との衝突ののち合併・融合した。この子孫が後の漢族とみなされている。西晋代に至ると西周以前に漢水流域に居住していた農耕部族の歴山氏と同一視されるようになった。

伝説では炎帝黄帝は異母兄弟であり、『国語』には、炎帝は少典氏が娶った有蟜氏の子で、共に関中を流れる姜水で生まれた炎帝が姜姓を、姫水で生まれた黄帝が姫姓を名乗った[10]とある。また『帝王世紀』には、神農は、母が華陽に遊覧の際、龍の首が現れ、感応して妊娠し姜水で産まれ、体は人間だが頭は牛の姿であった。火の徳(木の次は火であること、南方に在位すること、夏を治めること)を持っていたので炎帝とも呼ぶ。とある[6]

神農の子孫

炎帝神農氏は8代、都を陳(ちん)に置き、530年間(『十八史略』では520年間)続き、炎帝の号を7代にわたって使用したと伝えられている。その後、黄帝の治世がつづいたということになっている。

『帝王世紀』史記』三皇本紀十八史略
1神農神農神農
2帝臨魁帝臨魁帝承
3帝承帝承帝臨
4帝明帝明帝則
5帝直帝直帝百
6帝来帝嫠帝来
7帝哀帝哀帝襄
8帝楡罔帝楡罔帝楡

神話伝説に登場する神のなかにも、炎帝神農氏の子孫・末裔であると語られる存在が多くいる。

中国国民党の政治家で中国古代史に深い造詣があった呉国楨(1903 – 1984年)は、その論文の中で炎帝の「炎」と、彼の伝えたと信じられている焼畑農業の炎との関係を論じている[11]

信仰

医薬の祖である点から、漢方薬業者や医療従事者などに広く信仰されている。

日本

また、日本で神農は「神農皇帝」の名称で、香具師てき屋業界では守護神・まもり本尊として崇敬されている。これは神農の時代に物々交換などの交易をする市場がはじめられたこと、また神農の子孫であるとされる融通王が日本ではじめての露天商であるという伝説などが理由であるとされてきた[12]。儀式では祭壇中央に掛け軸が祀られるほか、博徒の「任侠道」に相当するモラルを「神農道」と称している。

 

Plant toxins to cause heart disorder

六訂版 家庭医学大全科「心臓障害を起こす植物毒」の解説

心臓障害を起こす植物毒
しんぞうしょうがいをおこすしょくぶつどく
Plant toxins to cause heart disorder
(食中毒)

①ジギタリス強心および利尿薬として有名なゴマノハグサ科の植物で、葉は毒性も強く、量をとりすぎると嘔吐、下痢を伴う中毒を引き起こします。かつてはコンフリーと誤って食べた中毒が多く報告されたことがあります。成分的には、ステロイド系の配糖体ラナトシド、プルプレアグルコシド、ジギトキシンなどです。同系のステロイドを含む植物として、キョウチクトウ科のストロファンツスがあり、G­ストロファンチン(ワバイン)を含みます。ガマ毒のブホトキシンと構造的に似ています。地中海地方に産するユリ科のカイソウも、ガマ毒に似た成分を含み、強心利尿薬の原料となっています。②キョウチクトウ、スズラン、オモト、フクジュソウ、クリスマスローズこれらの植物も似たような系統の化合物を含んでいます。そのほか、ガガイモ科のイケマは北海道に自生し、アイヌ民族の万能薬として用いられていましたが、根にシナンコゲニンを含み、強心利尿作用があります。以上の対処法としては、まず胃洗浄、医薬用活性炭の胃内投与を行い、症状に応じてカリウム、不整脈の場合はフェニトイン、心室の期外収縮にはリドカイン、部分的心房障害にはアトロピンなどを投与します。一般の人にできるのはまず吐かせることで、あとは医師に任せます。