富士の雪 (ふじのゆき)

分類   薄葉系統   江戸おもと
作出年代 文久元年
登録   昭和9年
作出者  山田文蔵 (千葉県)
命名者  村越治郎兵衛 (東京都)
登録者  日本萬年青連合会

「古今輪(現在の一文字)」に虎が現れたもので、当時は「古今輪虎」と呼ばれていた。明治30年に現在の「富士の雪」と名付けられた。150年以上前に作出された品種のため、虎の現れ方に多くの系統があり、大型で大きな虎、小型で真っ白に冴える、細かく吹雪状に入る、縞のように細かく長く入るものなど集める楽しみもある。採光、肥料は強めで管理。江戸末期に一文字に虎斑が白く現れたもの。性質は強健で繁殖も良い。株立ちに作りやすい。採光を充分に採ると白さが増します。倉内性、砂山性、文治性、アルプス性などの物が有名です。

五大州 (ごだいしゅう) 

分類   大葉系統 縞柄系  江戸おもと
作出年代 文久元年
登録   昭和40年追認
作出者  速水某 (東京都)
命名者  速水某 (東京都)
登録者  日本萬年青連合会

五大州(ごだいしゅう) 8年生 鉢 19cm(6.5号)

葉巾広く、立ち葉で、葉肉厚い。大葉縞物の代表品種で
特に丈夫な品種。採光は普通、肥料を少し多くすると子上げも良い

 

五大州(ごだいしゅう) 鉢は薩摩鉢 江戸時代からの品種で大葉縞柄では最も古い。立ち葉で縞柄といったら「五大州」ともいわれる、魅力ある縞柄代表品種。子上げの良い品種だが、子によって縞柄の入り具合が異なるので、良い縞の出たものだけを残すようにする。均一な縞の親木からは均一な縞を持つ子がでる。性質は強健で子上げ良い。採光、肥料は強くて良い。

万年青を楽しみ、世に広めた人 永島次郎太郎墨林 万年青の歴史より

永島次郎太郎墨林 万年青の歴史より

 

500石取の幕府御家人であった永島次郎太郎墨林は、万年青の歴史だけでなく、日本の植物や園芸でもとても大きな役割を果たした人です。

文政10年(1827)刊の草木奇品家雅見(江戸青山 種樹家金太が編集)によれば、永島先生は東都四谷に住み 享保(1716-36)の頃の人なり、とあり、今から300年ほど前のおもと趣味者です。家康がおもとを江戸城に持ちこんでから100年ほどたったときでしょうか。

草木奇品家雅見の素晴らしいところは、品種と素晴らしい写実的な絵、解説まであったところで、その万年青がどんなおもとなのか、品種の特徴や、産地(江戸産なのか、名古屋や明石など)、だれが楽しんだのか、様々なことを教えてくれます。

永島次郎太郎墨林は、家康が江戸城に持って入ったとの伝説の残る【永島】の変化種を好み、永島連というおもとサークル?、おもとを趣味とした集まりをつくりました。永島連は斑入り、矮性種の植物を好んだ大名、武家、豪商、文化人など裕福な人が集まりました。彼らが今のおもとの園芸文化の基礎をつくったのでした。

ヨーロッパの人にとってそれらの矮性種や斑入りを園芸として楽しむのは20世紀に入ってからで、どれだけ日本の園芸が独自の進化を遂げていたのか、わかると思います。また、ヨーロッパのプラントハンターにとって、日本が非常に魅力的に映ったのも当然といえます。

 

種樹家金太 うえきや-きんた

1791-1862 江戸時代後期の園芸家。
寛政3年生まれ。江戸青山の植木職。文政10年斑(ふ)入りなど草木の奇品をあつめた図録「草木奇品家雅見(かがみ)」3巻を刊行。築山造庭をよくした。文久2年8月死去。72歳。姓は増田。通称は別に金太郎。号は繁茂,繁亭。

 

 

国立公文書館 HP 旗本御家人Ⅲより

41. 奇品家雅見(草木奇品家雅見)
(きひんかがみ・そうもくきひんかがみ)

『奇品家雅見』は、形状が特異な草木の図譜。斑入りや枝垂れほか、江戸および近郷の「好人」(愛好家)が所有する奇品約500点を載せ、あわせて所有者の名前と住所、逸話などを紹介しています。文政10年(1827)刊。

江戸の青山で植木屋を営んでいた金太(増田繁亭 金太は通称)の編。金太は「水野翁」(水野忠暁)の手もとにあった反古(斑入りなど奇品の資料)をもとに本書を作成しました。掲載されている写生図は、関根雲停ほか画。

展示資料は、全3冊。内務省旧蔵。

http://www.archives.go.jp/exhibition/digital/hatamotogokenin3/contents/41/index.html

 

 

《草木奇品家雅見》(読み)そうもくきひんかがみ

世界大百科事典内の《草木奇品家雅見》の言及

…安楽庵策伝の《百椿集》(1630)をはじめ,ツツジ,キク,サクラ,ボタン,ウメ,アサガオ,ハナショウブ,ナデシコなど花の専門書が出版され,さらにモミジ,カラタチバナ,オモト,マツバラン,セッコクなど葉を観賞の対象とした多数の品種を成立させた。それらは世界に類をみず,増田金太の《草木奇品家雅見(かがみ)》(1827)と水野忠暁の《草木錦葉集》(1829,13冊中6冊は未完)に集大成された。ヨーロッパで観葉植物が普及するのは20世紀に入ってからであるが,江戸園芸は積極的な交配による品種改良こそなかったが,変異性のある実生の選抜と枝変りの発見により,すでに多数の品種を成立させていたのである。…

 

 

豊明園

萬年青の歴史より 江戸の大名のおもと 間部下総守詮勝「根岸の松」

萬年青の歴史より 江戸の大名のおもと

間部下総守詮勝は、越前鯖江4万石藩主、間部家8代目になります。

篠常五郎が「増訂万年青図譜」の中の「若松」という万年青の説明で、「安政(1854-60)年間、根岸の松と共に同一の種より産出せり。当時、閣老として重望を負える」間部総州候の最愛する所となれり。、、この種に触れ賞玩することただならず、根岸松と共に切に要望せられたとも、この二品は空前絶後の神品にして更に替品なく、、、

とあり、「若松」、「根岸の松」をともに切望されたことが記されています。現在も品種として残っている「根岸の松」が多くの明治の名鑑に横綱の位置に現れているのも、大名がこの「根岸の松」を愛したからにほかなりません。

現在の私たちも4万石の大名が楽しんだ根岸の松と同じものを楽しめる、ロマンがありますね。どれだけ大切に育てられていたことでしょう。

 

萬年青の歴史より

豊明園

大像観 (たいぞうかん)

分類    大葉系統   江戸おもと
作出年代  江戸時代
登録
作出者    (不詳)
命名者
登録者
作出地  

広い葉巾は少し波葉を見せる。
雄大な品種、性質は中品種。

大象観とも       たいしょうかん たいぞうかん

江戸時代からの品種で、生花を池坊で楽しんでいる方ではなじみ深いかもしれません。池坊では七種花伝という大切な七種の生花を選んでいて、祝いの花、正月の花、結婚式の花に万年青を使っています。

その時に使うのが縞のない、青いおもと。深い青に、赤い実が映え、縁起のよい取り合わせになっています。江戸より古くは、万年青は老母草と書いて、オモトと呼んでいて、様々な説がありますが、青い葉が赤い実を包んでいる姿が、母が赤子を包んで守っているように見えるからだとか。広い葉の大象観らしい描写です。

現在も正月前になると生花用に花屋さんで扱われます。マニアの間では、大象観に縞の入ったこの品種が人気です。非常に珍しく、まず手に入りません。

大葉系統を植えるのに楽鉢と迷うのがこの薩摩鉢。古さもあり、味があります。

 

 

紅流し (べにながし)

分類    薄葉系統   江戸おもと
作出年代 江戸時代
登録    
作出者   不明
命名者   不明
登録者   不明
作出地  不明

 

紅流し(べにながし) 5年生 鉢 3.8号

緑色の葉は光沢があり葉縁に波葉をを見せる品種。
やや垂れ葉のゆったりとした葉姿の魅力の品種。

背筋の葉脈は12月頃より赤く紅をさす。秋から冬にかけて寒風にあて
又霜にも当てると紅が現れます、性質は強い。紅を現わす系統は数少ない稀少品種。

 

 

 

江戸残雪(えどざんせつ)

江戸残雪(えどざんせつ)
別名 宗石の虎(そうせきのとら)立ち葉で葉巾が広く濃緑色の葉に白い虎が美しく現れる品種。
性質は強健で少し日光を取ると白く柄がはぜます。古典品種、数が少なくなっています。 江戸時代鹿児島に伝わる珍しい品種。
江戸時代の千駄ヶ谷(現・渋谷区)に住まいの医師・高坂宗碩氏
が紹介したことからその名があります。
播磨明石藩主・松平平衛督直昭候の江戸屋敷で『宗石』に虎斑が出たと伝わっています。参勤交代時に江戸から鹿児島の島津藩へ持ち帰って愛培したことから『江戸残雪』の別名で呼ばれています。

古くに薩摩藩の武士が皆おもと好きで江戸から持ち帰ったと言われている貴重でかつ希少日本の心を映すおもと鎌倉、室町から江戸の武士文化はおもとのすっとした凛々しさとマッチしたようで武家文化とおもとは様々な言い伝えが残っています。また、薩摩藩のある鹿児島では武家の家にはおもとがあると言われおもとは武士の心、いつ主君のために命を賭しても構わないというに 寄り添う植物です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

金鶏 (きんけい)

金鶏 きんけい
江戸時代からのおもと数は多くなく、歴史があり希少な品種。
江戸時代、明治時代の文献にも多数出てくる人気の品種。
なぜ人気だったかというと、この金色の斑が実生で出すことができず、
初心者でも簡単に見分けができたから。
濃緑色の葉に黄金色のちり斑を現す。春先から採光を強めに管理すると鮮やかさが増す

豊明園初代は特別な識別眼なしに特徴をはっきりとわかるおもとを特に大事にしていた人でした。
豊明園初代が大切にした根岸松の図や新生殿、愛玉殿、剣舞、天光冠、雪中の松、寿、錦昇龍、白雀、白蝶、錦王雀の図などどれも初心者でも一発でわかる品種です。
その当時、符丁おもとともよばれる、ラベルがないと誰も識別できないおもとの売り買いが流行っていて、豊明園初代は分かりやすい、楽しいおもとを志したのでした。
形も素直で美しく、柄も楽しめる金鶏。江戸時代からの歴史もあり現在貴重になりつつあります。
 

日月星 (じつげつせい)

分類    薄葉系統  一文字系 江戸おもと
作出年代    安政年間
登録    昭和9年
作出者   三河屋某(愛媛県)
命名者   
登録者   日本萬年青連合会
作出地   

葉長15cm葉幅3cm内外。濃緑色の深覆輪で葉が内側に巻いたような樋葉(筒葉とも)となり、1年に出る葉数は万年青の中で最も多い5枚から8枚ほど。子上げも良い。江戸時代に生まれてから今まで同じようなものが生えていない、独特の姿をもつ。採光、肥料は強め。この系統は乾燥した風は避け、湿度を保つことで良く出来る。採光を強めに管理すると葉巾が広くなり又子が繁殖しやすくなります。

江戸時代からのおもと江戸珍品
世が世なら、100萬円と言われても安いといわれたおもと。
おもとの価値は歴史的価値や芸や形の質の高さ、おもととしての完成度や繁殖のよさ、丈夫さが加味されて決まってきます。
江戸時代、原種のよく見る青いおもとが主だった時代、この『日月星』の姿は品があり、葉の美しさは武士道にもかない喜ばれ、おもと数寄者 趣味者を魅了しました。この『日月星』が素晴らしいのは形、芸というだけでなく、実をまいてもこの独特な日本刀のような葉がでないことが人気の続く要因でした。
新生殿や天光冠、根岸松の図、楊貴妃、四君子、太陽など
オンリーワン、唯一無二の特徴をもつ木は時代を超えて愛されます。

根岸の松 (ねぎしのまつ)

分類    薄葉系統   江戸おもと
作出年代  安政4年(1857)
登録    昭和9年
作出者   篠常五郎
命名者   篠常五郎
登録者   日本萬年青連合会
作出地   

折り下げ良く、甲竜のない優美な葉姿に、濃緑色の深覆輪。細かい線状の白い斑が全面に入る。この斑を「根岸斑」または「千代田斑」とよび、本種は千代田系統の祖先といわれる。作出者・篠常五郎が営んでいた老舗のおもと店が当時の住所で東京府北豊島郡金杉村根岸にあったことから「根岸」の名が付けられたといわれている。
葉は中立ち葉で葉先は尖ります。子出し良く実付き良い品種。
採光・肥料は普通、性質は強健。

「根岸の松」は江戸時代には鉢に画かれている「根岸松」と書かれています。
「根岸の肴舎」

江戸おもととして非常に有名。今は多くの人が楽しんでいる千代田系統の元祖がこの根岸の松(ねぎしのまつ)です。今年が2018年なので、もう161年もたっているのですね。江戸万年青である五大州や残雪などの縞や図、金鶏のべっ甲柄などはありましたが、この根岸斑は当時なく、完全に新しいものでした。今の千代田系統の素晴らしい品種や、千代田獅子、千代田羅紗などの派生系統もこれがなければ生まれていないわけで、万年青界においては最重要な品種です。根岸の松のためだけに作られた写真の鉢も、それだけの価値のある「根岸松」だからそこ、と言えるでしょう。作りも最上級です。
写真のように実も付くので、交配も楽しめます。同じように千代田の松や千代田系統もある程度の大きささえあれば、実がつくので、まいてみる価値が大いにあります。
非常に丈夫ですが、やはり根岸斑のある白い部分は濃紺の地より焼きやすい。私どもは夏場直射日光をとってお客様ものためにも、おもとのためにも、丈夫に作りたいと思っていますが、手にした最初は直射は気を付けて。暗い場所はよろしくないですが、直射を避けた方がよいでしょう。また、寒風、強風も白い部分をやくので冬場は気を付けます。