日御碕神社におもとの彫刻 島根県

青木様への感謝

この度は、素晴らしい情報を教えてくださり本当にありがとうございました。

お陰様で万年青の彫刻一覧にも一つ増えました。

万年青の歴史を私たちで解き明かしてみませんか?

万年青の歴史を深く知ろう、素晴らしい万年青の世界を知ってもらおうと豊明園は100年以上、亀の足で地道な活動を続けています。特に万年青の歴史というテーマでは家族でやっている豊明園では時間もお金も知識もすべてが足りていません。

日本の神社、古い有田焼などの万年青の陶器、中国の薬草書、世界中の美術館にある万年青の彫刻、着物、陶器など、なんでも構いません。万年青の歴史が分かる資料を一緒に調べてくださる方を募集しています。

 

日御碕神社

日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)は島根県出雲市日御碕に鎮座する神社式内社で旧社格国幣小社である。通称、みさきさん。出雲大社の「祖神(おやがみ)さま」として崇敬を集める。

下の本社(日沈の宮・日沉の宮、ひしずみのみや)は天暦2年(948年)、村上天皇勅命により祀り、上の本社(神の宮)は安寧天皇13年(紀元前536年)、勅命により祀られ、総称して日御碕大神宮とされた。出雲國神仏霊場20番。

「日沈の宮」の名前の由来は、創建の由緒が、伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」 との「勅命」を受けた神社、である事による。

現在の社殿は3代将軍・徳川家光の命により幕府直轄工事として日光東照宮完成直後の寛永十一年から二十一年までの期間を掛けて造営されたものであり、権現造様式が採用されている。

祭神

  • 下の本社/日沈の宮
  • 上の本社/神の宮
    • 神素盞嗚尊
国宝
  • 白糸威鎧(しろいとおどしよろい)兜・大袖付 – 鎌倉時代(塩冶高貞寄進)

Wikiより

神素盞嗚尊を御祭神とする神の宮/上の本社

 

 

素晴らしい万年青彫刻 

素晴らしい万年青彫刻

赤い実をたっぷりとたたえる

三代将軍 徳川家光公の命によって幕府直轄工事として寛永11年(1634)から21年(1644)までの期間をかけて権現造り様式で建てられた。

 

「離留」とはなんだろう?出雲国風土記(733)

 

出雲国風土記 薬用植物一覧と 延喜式 典薬寮式(出雲国年料雑物)の比較

 

出雲国風土記』(いずものくにふどき)は、出雲国風土記。編纂が命じられたのは和銅6年(713年)5月、元明天皇によるが、天平5年(733年2月30日に完成し、聖武天皇に奏上されたといわれている(異説あり[要追加記述])。「国引き神話」を始めとして出雲に伝わる神話などが記載され、記紀神話とは異なる伝承が残されている。現存する風土記の中で一番完本に近い。

構成

総記、意宇・島根・秋鹿・楯縫・出雲・神門・飯石・仁多・大原の各郡の条、巻末条から構成されている。

各郡の条には現存する他の風土記にはない神社リストがある。神祇官に登録されている神社とされていないものに分けられ、社格順に並べられていると推察される(島根郡を除く)。

自然の地形の項ではその地形の様子と特産品の情報が記されている。

真ん中に「離留」離楼草とある これはリル?リロと読む??

 

りる と離留は読むようです。

植物の名称 シュロソウ

 

リル リロ と万年青の関係

古代の万年青を調べると、藜蘆 リロ レイロ リル という字がでてきます。

当てている字は違いますが、読みは同じことから、リル/リロといった音に、中国の漢字を当てていった歴史の名残かとも思いました。

1400-1500年代 室町時代(中期から後期)の辞書には藜蘆と書いて、ルビをヲモトとふっています。

1603 イエズス会の日本語ポルトガル辞典(日葡辞書)は藜蘆、リロにヲモトと当てています。万年青はこの時代はヲモト/リロ/リルなど様々な呼び名があった??

池坊の資料 万年青を藜蘆 藜芦と表記することがある 1811 室町時代もそうだったという説も

 

 

 

 

 

おにのやがら 続断

植物の名称 シュロソウ

離留 リル

 

奈良時代はオモトのことをリルと呼んでいた、となれば今までの多くの学説がひっくり返ります。

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