珠宝 シュホウ Shuhou

基本情報

分類    羅紗系統
作出年代  昭和45年
登録    昭和64年
作出者   神谷忠(愛知県)
命名者   小田井律樹(愛知県)
登録者  小田井律樹(愛知県)

珠宝 芋吹き 当才 1才

 

『大宝』より作出された実生。実生研究会が買い求め、『組合十四号実生』として早くから注目される。

中型から小型。やや淡い紺性に艶消しの地合い。乳白色の覆輪。葉巾は広く、葉長はつまり、力和ほどではないが、丸葉で愛らしい。総雅糸竜、変化をする甲竜、熨斗葉、剣葉と多芸で、首元太く力強い。

性質は普通。採光、施肥も普通。子上げもするが、芋吹きのが多いか。

 

 

 

おもとの苗、親、棚入れについて

今日は、初心者さんから頂いたご質問にお答えします
おもとの苗、親、棚入れについて
今日は、初心者さんから頂いたご質問にお答えします
おもとの苗、親、棚入れについて
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新登録 羅生(らしょう)の苗
まだ6本だが、千代田斑のよしあしはでてくる
苗の時に良い物を入れた方が、親になった時に楽しみは大きい
羅生 
千代田羅紗という、千代田斑と羅紗の葉肉の厚さ、愛嬌を兼ね備えた木
おもとの苗と親とはなんですか?
おもとは、大葉から小葉(羅紗)まで種類は様々ですが、
5年から7年で親になっていきます。
苗(なえ)は、約1~3年の若い木。
親(おや)は、約3年以上の、本芸(その品種の特徴)を現した木。
外輪山(がいりんざん)2年生の苗 1年目の葉は採光が少なく青葉になり薄い覆輪を見せています。2年目の葉は陽の取り具合良く曙柄を現しています。
 
6年生、堂々とした葉姿は、年中見ていても飽きず、大葉ならではの株立ちにした勇壮な姿は玄関や床の間に置けばハレの日にぴったりです。
原種に近いこともあり、実は付きやすく、お正月には赤い実も楽しめます。
おもとの寿命は?
おもとは管理さえ良ければ30年でも100年でも生きる事が出来ます。
万年青という名前の通り、万年でも青々としているでしょう。
私が実際見た物は、35年の麒麟冠の大株立ち
たらいのような大きな鉢で育てられていました。
地に植えてある物や、芋切りなどをしても長く育てる事が出来ます。

万年青の寿命について

棚入れってなに?
自分の‘お棚’におもとを入れてあげる事です。
お棚(おたな)におもとを置いておくことからでしょうか。
ただおもとを買う、というより、雅な感じもしますね。
今年は天光冠を棚入れしたよ、なんて使います。
さて、どんな品種がいいでしょう?
ずばり、自分の気に入った物が良いです。
好きなものほど大切にしますし、
真剣に育て上げようと思えば作もすくすくと上達します。
太陽で有名な三河の野村さんは、自分の好きなものだけ上手にできています。
天光冠(てんこうかん)
明治時代からのおもと
『富国殿』とともに対比される、気品あるおもと
金文字品種
品種にも、育てやすさや、丈夫さ、その木の人気や芸の深みなどがありますが、銘鑑の金文字品種はどれも満たしているその系統の人気の品種です。
金文字品種は、価格も大衆品の価格から中級品の価格のものを中心に選ばれていますので安心です。
どれも、一昔や二昔はおもと界で一番人気といわれて
当時の最高額で取引されてきた物ばかりです。
天光冠、力和、鸞山、富国殿、新生殿、
地球宝、千代田の松、玉獅子の虎、四君子、富士の雪
家宝都の図、残雪、駿河富士など、
どれも初心者さんでも名前をちらっとでも
きいたことのあるものが並んでいますでしょうか?
金文字品種は、自分で親に作り込んだ時ときの感動は並々ならぬものがあります。芸の伸びしろがとてつもないです。
作をかければかけるほど、
ここまで良くなるのか!と納得してもらえると思います。
苗か、親か
棚入れするとき、迷われる方も多いと思います。
苗ならいくつも棚入れ出来ますし、
親ではその日からあこがれの品種の芸を楽しめます。
苗をわくわくしながら育てるのも、
親をみて毎日楽しむのも、どちらも幸せですね。
良い苗、楽しみな苗。
お財布さえ許せば、相場の倍はしても良い苗や、
特上苗を入れた方が良いです。
その時は、苗2本分で1本か、と思っても、
成長はよく、親になった時の満足感や芸の出来は大きく変わってきます。
羅紗でしたら、覆輪のよいもの、芸の良い物。
図ものでしたら、図の白さの抜ける物(図の量ではない)
千代田や胡麻などの斑ものでは明るい物。
 一番最初の羅生なども6本で斑の明るい暗いがあるので、
 よいに越した事はありません。
気を付けたいのは、大きすぎる苗。
あまり大きな苗は、肥料作りの可能性があります。
強い肥料をやれば大きくできたり、芸もよくなりますが、
それは一時。あるときぱたんと枯れる事があります。
肥料を少なく、日をしっかりとり、痩せた作りやしまった作りのおもとは
肥料を少しあげただけでぐんぐん育っていきます。
囲うばかりの作ではなく、雨や風などに当ててしっかりつくったものが良いです。
イメージ 3
琴治(ことじ)の特上苗
首太く、覆輪が深い。
苗との出会い
その苗との出会いは一期一会。
品種では、私たちでも1年に1回ほどしか出会えないもの、
3年に一度の出会いのものも。
そういった品種は、好きなお客様のところに吸い寄せられた行きます。
野村さんの太陽のように、1週間もとどまっていないおもともあります。
また、ここまで良い系統やしっかりした苗はなかなか入らないものなども。
今年のように夏が暑いときは、特上苗は少なくなってきます。
好きなおもとは一枠
自分のお棚の中で、これだけは本当に好きなもの、というものは
一枠(5鉢、10鉢)集めてみましょう。
苗から親までずらりと並んだおもとは壮観です。
お多福の図だけ、お多福だけ、太陽だけ、輪波獅子だけ、力和だけ、新生殿だけ、千代田の松、など、様々なお客様がおられます。
太陽の野村さんは、よいものがあればすべて買う、と
執念のように集める方もいます。
一つの品種を一枠集めればその特徴が分かる。
そうすれば他のおもともすぐに見分けられるようになる、と楽しむのも素晴らしいです。
大会で勝負したい方は、やはりその品種、新生殿なら新生殿だけを10や100も集めて、その中の一番良い木で勝負します。
いろんな品種を楽しむのも、絞って楽しむのも、様々な楽しみ方があります。
おもとは惚れると必ず答えてくれます。

第94回三河おもと名品展2020.10/24-25 案内 

投稿日:

第94回三河おもと名品展 2020.10/24-25 案内

基本情報

おもと銘品 120点展示
日時 令和2年(2020) 10月24日() 25日() 
展覧時間  24日():午前9時~ 午後4
     25日() :午前9時~ 午後3時まで

場所 おかざき農遊館 展示室

愛知県岡崎市阿知和町字乗越12番地

電話 0564-46-4700

事務局 公益社団法人日本おもと協会 三河支部 豊明園内 0564-51-4714

 

現在まで続いている万年青展示会では、日本で最古の伝統と歴史をもつ。

江戸時代、明治時代などの100年、200年の歴史をもつ銘品から、最新の万年青まで。2000種もあるといわれる万年青の世界を垣間見てください。

今回は特に江戸時代の万年青にスポットライトを当てて展示しています。50種ほどあると言われる江戸万年青のどんな万年青が現在どのように楽しまれているか、実際に入手できるものはあるのかなど

万年青は江戸時代も珍奇植物の一つで、葉の表面がボコボコになったり、葉がクルクルカールしたり、葉の裏側に変化が起きたりと変わった特徴も多いです。珍奇な最新の万年青も展示され、美しく整った万年青との対比も面白いでしょう。

NHK趣味の園芸テキストで、11月・12月号のオモトも展示いたします。

地元を始め、愛知だけでなく静岡、岐阜、三重、大阪の熱心な愛好家を中心に120点の銘品を集めて皆様をお待ちしております。

一般参加募集中  豊明園に連絡
おもとの展示会
様々な展示会があります。
どれも地域性があり、例えば鹿児島では大葉の好きな土地柄なので
大葉おもとが主体です。
三河では羅紗が多く、羅紗を主体として日月系、千代田系、大葉系などを展示しております。
展示会に出品するには?
社団法人おもと協会から、
公益社団法人おもと協会となったことで、
一般の方の出品を受け付けします。一般参加無料、おまちしています。
三河大会では、事務局の私たち豊明園に行って下されば出品出来ます。
また、会員になることで、協会からの賞なども受賞できるようになります。
三河では、おもと協会会長賞、
農林水産大臣賞
愛知県知事賞、
岡崎市長賞、
中日新聞社賞、
栃の葉書房賞、
など、多くの賞があり、鉢などの賞品も付いております。
出品のルールはありますか?
縁足金、錦鉢にて出品します。
参考品など、自由に出品してよい物もあります。
(地域差があり、すべて錦鉢しか認めない場所も、どれも黒鉢から認める場所もあります)
皆さん、とても丁寧に苔を置いたり、化粧砂で飾ったりと
愛培のおもとに化粧をしてあげます。
昔のお話ですが、大葉の出品のさい、苔を一房一房、化粧砂を一粒一粒ピンセットで丁寧に置き、一日に2~3鉢しか出品作品が出来ない、
といった方がおられました。とても集中力が持たないそうです。
そんなことも、おもとに愛情を持てばこそ。
気に入った錦鉢、おもとにあった錦鉢で着飾ってみてください。
これは厳禁!葉や鉢に触ってはダメ!
おもとは葉の上の芸術の言われるぐらい、
葉芸は多種にわたります。
どんな感じなのかな、とつい触ってみたくなりますが、
絶対に触らないでください。
ほとんどの人が着物を着ていた頃は、
親指を必ず帯に入れ、絶対に触らないようにしていたそうです。
(今でいうと何千万円という価値があったので、少し傷付けたら、エライことに、、)
お仲間の大切にしているおもとを傷付けないようにしましょう。
くわえ煙草や、値踏みも厳禁です。
作品の鑑賞のポイント
好きな品種を鑑賞して下さい
どの作品も出品者が大切に育てた物なので、
ここが出品者さんの気に入った芸だな、
この品種のここが好きなのだな、と分かってくると面白いと思います。
力和の独特な芸や、光陽、太陽の豪快な葉姿をを引き出したり、
といった良さがあると思います。
その展示会でしかお目にかかれないような素晴らしいものに出会えるかも。
また、三河名品展では、出品者が近くでお手伝いをしておられるかもしれません。そういった方にお話が聞けると楽しいですね。
同じ三河地方でも、場所場所で日の当たる時間帯や、風通り、
水やりなどは違ってきます。
ご自分の手に合う得意な品種や、コツなども教えてもらえるかもしれません。
おもと、今若い方も多いです
渋い趣味なので、お歳の方が多いかと思いきや、
そんなことは全くありません。
今は20代から40代の若手の趣味者さんがとても多く入ってきてくれています。
中学生や大学生の趣味者さんも。
実生や交配などを好まれたり、珍品やきれいなおもとが好まれたりと様々です。
定年を迎えて、何か趣味を、と考えておもとを始められる方も。
おもとは小型で軽く、80歳、90歳の趣味者さんもご自分で植え替えや水遣りをされ、楽しく健康に愛培しています。
お客様から言われたのですが、趣味があると若々しくなる、と。

岡崎市プレミアム付商品券 万年青の豊明園 小売店として使用できます!

岡崎市プレミアム付商品券 万年青の豊明園 小売店として使用できます!

 

こんにちは、万年青の豊明園です。今回は、岡崎市プレミアム付商品券を万年青の豊明園で使用できます、というお知らせです。

岡崎市民の方は、プレミアム商品券の購入申し込みを9/23(水)までにしてください。申し込みが多いと、抽選になるそうです。

ラインを使用するデジタルの共通券と食事券、紙の共通券と食事券がありますが、

ラインでも、紙でも、共通券でしか万年青や、

材料、鉢は使えません。

食事券ですと、4000円買うと6000円になって、

共通券ですと5000円買うと、6000円になります。

 

 

利用期間はデジタルは2020年10/1から、紙では10/15から、

終了は2021年の2/15までです。

 

岡崎市プレミアム付商品券が使えるお店が、この説明欄や、岡崎市観光協会のサイトに載っているので、是非岡崎市民の方はご確認ください。

<登録店舗リストの公開>
※9月1日からホームページで公開しております。
URL:https://okazaki-kanko.jp/feature/shohinken/buy

岡崎市プレミアム付商品券事業実行委員会事務局(岡崎市観光協会内)
〔電話〕0564-64-2036 〔FAX〕0564-64-1638
〔営業日〕月~金曜日 9:00~17:00(祝日を除く)

 

私たちは、小売業の お の万年青の豊明園で紹介されています。

 

 

岡崎市プレミアム付商品券 万年青の豊明園 小売店として使用できます!

というご紹介でした。

仙寿の舞(せんじゅのまい) Senjyu no Mai

仙寿の舞(せんじゅのまい) Senjyu no Mai

基本情報

分類    薄葉系統  獅子系
作出年代  昭和60年
登録
作出者   水野雅章(豊明園三代目)
命名者   水野雅章(豊明園三代目)
登録者
作出地    豊明園 (愛知県)

仙寿の舞 写真と解説

おもとの系統の中で、初心者さんに真っ先に覚えてもらえるのが獅子系統です。くるくると巻く、可愛らしい姿は女性や若い方に人気で、引越しおもとなどでもよくでます。そんな獅子の中でも、芸の一番素晴らしいものは『四君子(しくんし)』です。でた当初は、その気品のある芸、巻きの魅力に、獅子のスーパースターと呼ばれました。

その四君子を作出した園が、この【仙寿の舞】を作出しました。青、縞、縞覆輪と様々に柄を楽しみ、粗い地合いを持ち、若いうちは高い甲竜を現し、成長するにつれ低い総雅糸竜を現す。巻き方は強く、折れ曲がるような‘角巻き’をみせて力強い。姿は乱さず、きめの細かい地合いは繊細で上品な容姿となり一見して判別がつく。

 

巻き、芸ともにしっかりと現し、迫力がある。角巻きや高い甲竜を見せる。

特上縞、櫛目縞と呼ばれる均一に入った縞柄が、より美しさ、気品を引き出す

 

角巻きの見本ともいえる角巻き

板を折ったように折れ曲がり、葉に角 つのが見える

 

これだけの葉数があると、より迫力が見える

高い甲竜が華やか

 

 

 

 

若いころは巻きも穏やかで親とは似ても似つかぬ姿だが、地合いや姿に気品がある。

 

四君子の獅子芸

巻き、龍がよい。この四君子を目指して、獅子の交配を行っている

 

獅子の良い芸を出すコツ

春、芽の出る時期は陽を強めに、後に弱めることで葉の伸びもよく、作りやすいでしょう。羅紗のような芸を現しますが、芸をよくしようと陽が強ければ、獅子の巻きが悪くなってしまいます。芸の良さと獅子の巻き、両方を同時に引き出す陽の採り具合を見極めてください。

苗から若親までは順調に生長します。殖えの良い木なので若いうちから子上げをするため、親木がなかなか大きくならず、芸が変わらない若親の時期が1〜3年ほどあります。 おもとは辛抱草とも言われ、ここでじっくりと力をつけることである年を境に素晴らしい芸をみせてくれます。芸が良くなれば、芋切りなどをしない限り、毎年美術木として維持しやすい木です。

「家康とオモト」 NHK講師・ 元奇跡の星の植物館研修生 豊明園

「家康とオモト」   NHK講師・ 元奇跡の星の植物館研修生 豊明園

家康と万年青

万年青(おもと)は、めでたい植物、不老長寿の縁起のよい植物といわれています。慶長11年、徳川家康公が江戸城入城に際し、家康公は愛知県三河の長島長兵衛から贈られた斑入りのおもと3鉢を抱え入城し、おもとを床の間に飾り徳川300年の繁栄を築いたという古事が広く知られ、現在も家康公が愛した【永島】という万年青が現存しています。

徳川家康公が愛した永島 NHK趣味の園芸にも登場した永島

 

家康は万年青に万年の繁栄と魔除けを託した

家康公が逝去した即夜に移された久能山東照宮には、東照宮という神様になった家康公にしか見えない位置、代々の徳川家当主しか入れない場所に万年青彫刻が彫られています。他にも、日光東照宮、二条城、上野東照宮など、徳川家が関係する寺社仏閣には泰平の世と魔除けの印として、万年青彫刻が彫ってある、万年青が植えられている寺社が20社以上あります。

久能山東照宮の万年青彫刻

国宝となり、この彫刻は徳川家当主しか完全に見れなくなった

国宝・久能山東照宮の深部にある万年青彫刻

 

 

久能山東照宮のお守りには、万年青が描かれている

 

久能山東照宮への万年青奉納

万年青の仲間と、徳川家康公から続く万年青文化に感謝して、皆で奉納しました。

 

 

武士の精神修養としての万年青

江戸時代も中ごろになると、武士の役割がだんだんと変化していきます。 戦で戦うことがなくなった泰平の世のため、家でできる園芸という楽しみをする武士も多く、園芸文化が発展していきます。例えば、今から250年ほど前の熊本藩の殿様、六代藩主・細川重賢(ほそかわ しげかた)公は、家臣の精神修養に園芸を奨励し30種ほどの園芸をさせ、今も肥後六花として現存しています。将軍から庶民まで、日本全体が花や園芸を楽しむ文化だったのですが、園芸と武士の武士道が化学反応を起こすことで、万年青の中に弱きを助ける独特な美意識、奇品珍品(ビザールプランツ)を尊ぶ世界でも稀な園芸文化が生まれていきました。

 

世界の中の万年青

7000年前から薬草、霊草として用いられた中国では、中国の皇帝や、孔子の子孫が結婚、代替わりの際に常に万年青が用いられたように、万年の繁栄を象徴する、天福の霊草として大切にされています。英語ではSacred lily(聖なるユリ)として、神聖な植物として伝わっており、日本の文化を愛する、世界の万年青愛好家も日々増えています。

中国・清の皇帝と万年の繁栄を願う万年青

 

 

皇帝の宮殿に飾られる、赤サンゴ、翡翠、宝石をちりばめられた万年青

 

 

引越し万年青と家康 万年青彫刻

寺社仏閣のおもとの彫刻・植えられた万年青 一覧 歴史ある名店も

久能山東照宮のおもと

真夏は生長期?休眠期? 二代目、三代目、四代目の水やり 60年の変化

こんにちは、万年青の豊明園です。

今日は、真夏は休眠期なのか、生長期なのか?二代目から四代目の夏の水やりの変化について、ご紹介します。

二代目の水やり 60年前の水やり

万年青の豊明園 今から60年前の二代目の時代、真夏でも30℃を超えると新聞に載るくらいで、今思うと天国のような涼しさですね。

そうなので、夏の水やりは朝晩としっかりと水やりをしていました。時には、今では絶対にやってはいけないといわれる真昼間にも振り水をして、根が乾燥しないようにしていました。

それは、真夏も万年青は生長期で、根も葉もどんどん伸びていたからです。そういった生長期には、水を切らすと生長が止まるので、欲しがれば、欲しがるだけ水を上げれば、どんどん成長します。

この気温は、現代の春や秋の万年青の生長期にあたりますので、現在も25-30℃の生長期にはしっかりと水をやっています。

三代目の水やり 30年前の水やり

夏の気温がだんだんと上がってきます。真夏で35℃を超えるとニュースで騒がれます。だいぶ暑くなりました。

この時くらいから、真夏に休眠する、高温で水を欲しがらない万年青が出だします。それでも、夏に休眠する、という発想がないので、昔からの水やりを続けて、夏に水が多くて枯らすものが出てきます。ここから、三代目は今までの水やりでは対応できないとして、表面の苔を取ったり、表土を富士砂にして水持ちを目で見えるようにして、夏の水やりのベストを探っていきます。

真夏に水が多いと根腐れするものが出ることから、私の父、豊明園三代目の時代から、夏の水やりを控えるようになりました。朝晩の水やりはやめて、一日に1回の水やりに変ってきました。また、それまでは万年青の用土は矢作砂という花崗岩で植えるのが常識でしたが、だんだんと軽石などもう少し水持ちの多い混合砂に変え、水やりの頻度が減っていきます。

四代目の水やり 現在の水やり

現在、真夏は40℃を超えるようになってきました。外棚や特にハウスやコンクリートの上では真夏の40℃超えは当たり前です。

そんな現在、私たちは真夏でも2日から5日に1回の水やりになっています。3代目の経験から、夏の休眠という考えも一般的になり、暑すぎると生長が止まり、水を欲しがらないことが良くわかってきました。この夏の休眠という考え方は、バラや他の植物でも35℃を超えると同じように成長が止まるそうです。

 

二代目から四代目の60年の水やりの変化

私たち万年青の豊明園は、初代から120年以上万年青作りをしていますが、今見ていただいたように水やりが大きく変化しています。

大きく変わったのが、2代目のころの、夏場が生長期ど真ん中で、どんどん水を上げていたころから、

現代の夏場に休眠期になり、万年青が必要最低限の水しか吸わなくなったということです。

また、場所によってはその休眠期(気温が35度を超える期間)が1週間なのか、2月弱なのか、という違いがあります。逆に、北海道や東北では、真夏が一番の生長期となっている場所もあります。

 

私たちの愛知県岡崎市では、朝昼晩の水やりから、2~5日に1回の水やりになるのですから、大きな変化です。古い万年青の参考書にはもしかすると60年前や30年前の水やりの方法が書いてあるので、注意が必要です。

まとめ

・60年前は真夏も生長期。朝昼晩と万年青に水をかけていました。

・現在、真夏は40℃になります。35℃を超えると休眠期に入るものがあり、真夏に水を欲しがらない万年青が多くなってきました。私たちは2~5日に1回の水やりにしています。

・夏場、生長期なのか、休眠期なのかを万年青の生長をみて判断して、休眠期の水のやり過ぎに注意しましょう。

 

気温の変化と夏の休眠

岡崎の年平均気温 最高 最低

1979-1993 19.57 10.49

1994-2007 20.45 10.95

2008-2019 20.75 10.78

年平均気温が2℃上がると、例えば、東京のケヤキ並木が鹿児島の南国風ヤシ並木に変ってしまうといわれています。それだけ、年平均気温というのは1℃変わるだけで住んでいる環境が大きく変わってしまう、緯度で考えると南国になっていく、という意味です。

私の祖父、万年青の豊明園の二代目が全盛期だったころ、岡崎の年平均気温は19.57℃でした。そこから、現在の平均気温は20.75℃となり、1℃以上(1.18℃)気温が上がっています。そうしますと、管理はガラッと変わっていきます。

青木氏また大発見! 医王山 一畑寺 一畑薬師 | 万年青の彫刻 | 島根県出雲市 | 庭の万年青

青木様への感謝

この度は、素晴らしい情報を教えてくださり本当にありがとうございました。

お陰様で万年青の彫刻一覧にも一つ増えました。

万年青の歴史を私たちで解き明かしてみませんか?

万年青の歴史を深く知ろう、素晴らしい万年青の世界を知ってもらおうと豊明園は100年以上、亀の足で地道な活動を続けています。特に万年青の歴史というテーマでは家族でやっている豊明園では時間もお金も知識もすべてが足りていません。

日本の神社、どの山に万年青が自生しているのか、古い有田焼などの万年青の陶器、日本や中国の薬草書、世界中の美術館にある万年青の彫刻、着物、陶器など、なんでも構いません。万年青の歴史が分かる資料を一緒に調べてくださる方を募集しています。

 

医王山 一畑寺 一畑薬師 | 万年青の彫刻 | 島根県出雲市

 

 

 

こちらにもよく探せばありそうだったのですが、見つかりませんでした。

 

水木しげる先生も!!!

 

 

こんな風に、隠し彫刻のように万年青が彫ってあります!!

 

 

この彫刻のレベルの高さ!職人の技!

 

 

 

 

 

 

どれも素晴らしい万年青ですね。

蒀即萬年青 妄仚様に中国における万年青をまとめていただきました 大発見!!!!!

最初から最後まですべて大発見

2020.8.25妄仚様から追加の資料を頂き、追記。

万年青は中国では7000年以上の鉢植えの歴史の大本だった

蒀即萬年青

蒀即萬年青,在中華文化中歷史悠久,河姆渡新石器遺址,約7000年前的第四文化層上發掘出兩枚刻花陶片,出土一枚陶片上刻了五片大葉的植物,不管是型態細節都是萬年青的特徵。此為中華盆栽之濫觴。

英訳

蒀 is Evergreen(OMOTO) and has a long history in Chinese culture. At the Hemudu Neolithic site, two carved pottery pieces were excavated on the fourth cultural layer about 7,000 years ago. One pottery piece was unearthed with five large leaves of plants. The details of the form are the characteristics of Evergreen. This is the origin of Chinese potted plants.

和訳

蒀は万年青であり、中国文化で長い歴史があります。ヘムドゥ新石器時代の遺跡(河姆渡遺跡)では、約7,000年前に4つ目の文化層に2つの彫刻が施された陶器が発掘されました。 1つの陶器の作品は、5つの大きな植物の葉で発掘されました。フォルムのディテールは万年青の特徴です。これが中国の鉢植えの原点です。

河姆渡遺跡 ヘムドゥ新石器時代の遺跡

長江下流の新石器時代中期、紀元前5000年頃の稲作が明らかな農耕遺跡。長江文明の中心遺跡として重要。

 河姆渡(かぼと)遺跡は、長江の下流域の杭州湾南岸の沖積低地に位置する稲作農業(水稲)を基盤とした紀元前5000年頃~3300年頃(約8000~5000年前)新石器時代中期の遺跡であり、大量の稲籾、稲殻、籾殻などが平均して20~50cmにわたって堆積し、最も堆積の厚いところでは1mに達していた。1970年代に行われたこの発掘で、長江下流域に稲作の起源をもとめる説が強まった。現在では長江中流域の湖南省彭頭山遺跡から、河姆渡文化よりも古い、紀元前7000~6000年頃に遡る栽培種の稲が出土し、長江中流域稲作起源説が強まっている。<竹内康浩『中国王朝の源流を探る』世界史リブレット95 2010 山川出版社 p.17-18>

稲作農業の起源

重要なことは、長江下流域で河姆渡遺跡で稲作農業が発達した前5000~4000年という時期は、華北において仰韶文化が栄えていた時期と同時期であり、そちらはヒエ・アワを中心とした畑作農業であったことである。これによって、従来は黄河流域の仰韶を中心とした黄河文明が中国文明の源流として強調されてきたが、それとは別に、稲作農業を基盤として発展した長江文明の存在が明らかになった。最近では黄河流域の文化と長江流域の文化をあわせて中国文明として捉えられるようになっている。<NHK 世界四大文明展『中国文明展』2000年による>

 

 

古い文学にも、万年青は登場する

在文學中西晉左思的《蜀都赋》中就有“郁葐蒕以翠微”而這個指的是覆盆子和萬年青,代指茂盛如雲霧般生長在山壑間。

英訳

In the literature of the Western Jin Zuo Si’s “Shu Du Fu”, there is “Yu Ping Lian Yi Cui Wei” and this refers to raspberry and OMOTO(Evergreen), which refers to the luxuriant growth in the mountains and gully like clouds.

和訳

西晉左思の「蜀都赋 / 周杜福」の文学には「郁葐蒕以翠微 / 玉平蓮一翠偉」があり、これはラズベリーと万年青を指し、山と雲のようなガリーの豊かな成長を指します。

《蜀都赋》とは

西晋(せいしん)は、司馬炎によって建てられた中国王朝265年316年)の時代の作品。

西晋王朝の作家であり、山東省のリンジー(現在のジーボー)出身の左思(250-305)によって書かれた、彼の “Sandu Fu”( “Wu Du Fu”と “Wei Du Fu”)の1人です。当時、伝染用にこの風車が複製され、首都である洛陽の紙の値段も高かったため、「洛陽の紙は高い」という言葉がありました。 「シュウの首都のフー」は、特性、山と川、バスーの習慣を非常に詳細に説明しており、フーは当時の四川の巨人のごちそうと飲酒の生活を描いています。福に記録された多くの製品や食品の習慣は、四川料理の歴史、さらには中国料理の歴史を研究するために後世に利用できる貴重な資料です。

创作年代
西晋
作品出处
《水经注》《太平御览》
文学体裁
作    者
左思、杨雄
左思 さし とは
(さ し、生没年不詳、一説に252年307年[1])は、中国西晋の文学者。太沖斉国臨淄県の人。門閥の後ろ盾のない寒門の出身であり、官途は不遇だったが、文才に優れ、代表作『三都』は「洛陽の紙価を高からしむ(洛陽紙貴)」の故事の由来となった。妹の左棻も詩文の才能があり、司馬炎の妃となった。

 

左思 さし とは

创作年代
西晋
作品出处
《水经注》《太平御览》
文学体裁
作    者
左思、杨雄

 

作品名称
蜀都赋
外文名称
Shu-du fu
作品别名
蜀都赋
    创作年代西晋作品出处《水经注》《太平御览》文学体裁赋作    者左思、杨雄

左思 さし とは

(さ し、生没年不詳、一説に252年307年[1])は、中国西晋の文学者。太沖斉国臨淄県の人。門閥の後ろ盾のない寒門の出身であり、官途は不遇だったが、文才に優れ、代表作『三都』は「洛陽の紙価を高からしむ(洛陽紙貴)」の故事の由来となった。妹の左棻も詩文の才能があり、司馬炎の妃となった。
左熹の子として生まれた。史書によると、左思は寒門の出身の上、容貌は醜くどもりであったが、学問に励み文章に巧みであったという。

略歴

妹の左棻が西晋の武帝司馬炎の後宮に入ったので、首都の洛陽に家を移した。三国の首都を題材にした『三都賦』の執筆を思い立ち、10年の歳月をかけてこれを完成させた。完成当初は世人の批判を浴びたが、当時の文壇の大御所である張華にこれを見せると、張華は班固の『両都賦』や張衡の『二京賦』に匹敵する傑作だと激賞し、無名の左思に名士の手を借りることを勧めた。左思が名士の皇甫謐に序文を書いてもらうと、『三都賦』の名声は大いに高まり、以前批判した者たちも手のひらを返して褒め称えたという[2]人々が争って『三都賦』を筆写したため、洛陽城内の紙の値段が高騰したという逸話は、後に「洛陽の紙価を高からしむ」の故事となった。左思と同時代の文学者である陸機も、同じく『三都賦』の制作を構想していた。陸機は洛陽に上京すると左思の噂を聞いたが、弟の陸雲に手紙で「田舎者の『三都賦』が出来上がったら、酒瓶の覆いにするのがよかろう」といって、まるで相手にしていなかった。しかし完成した左思の賦を見るや、その出来映えに脱帽し、自身の制作を断念したという。

後に権臣の賈謐の招きに応じ『漢書』を講じた。300年八王の乱で賈謐が趙王司馬倫に誅殺されると、官職を辞して隠棲し、典籍に没頭した。

303年、河間王司馬顒の将軍張方が洛陽で暴虐の限りを尽くすと、左思は家をあげて冀州に避難し、数年後に病没した。

文学作品

隋書経籍志によると、文集2巻(代には5巻、目録1巻)が存在していたとあるが散逸した。現存する文学作品としては、上述の『三都賦』のほか、寒門出身として当時の貴族社会への批判を込めた「詠史詩」や「招隠詩」、自分の娘の様子を描いたユニークな内容の「嬌女詩」が代表作とされる。鍾嶸の『詩品』では最上位の上品に列せられ、劉楨の力強い詩風を受け継ぎ、諷諭の精神を体得すると評されている。

万年青(おもと)の別名は?意味は?

漢方での万年青

而在中藥醫典上萬年青也可作為清熱藥的中藥材使用,在《本草新編》記載將萬年青的根莖和葉作為藥用,可有強心利尿、清熱解毒、涼血止血的功效,藥性為苦、甘、寒,有小毒。可用於防治白喉、白喉引起的心肌炎、咽喉腫痛、以及小便不利等疾病。不過萬年青有一定的毒性,會產生洋地黃苷樣作用。

英訳
In the Traditional Chinese Medicine Code, OMOTO can also be used as a Chinese medicinal material for clearing away heat. It is recorded in the “New Edition of Materia Medica” that the rhizomes and leaves of OMOTO are used for medicinal purposes. It is bitter, sweet, cold, and slightly poisonous. It can be used to prevent and treat diphtheria, myocarditis(心筋炎) caused by diphtheria, sore throat, and poor urination. However, OMOTO has a certain degree of toxicity and can produce digitoxin-like effects.

和訳

漢方では、万年青は熱を取り除くための漢方薬としても使用できます。「本草新編 / 新薬マテリアメディカ」では、万年青の根茎と葉が薬用に使用されていることが記録されています。万年青は、心臓と利尿を高め、熱と解毒作用を取り除き、血液を冷やして出血を止める効果があります。苦くて、甘く、冷たく、少し有毒です。ジフテリア、ジフテリアに起因する心筋炎、喉の痛み、排尿不良の予防と治療に使用できます。ただし、万年青にはある程度の毒性があり、ジギトキシンのような効果をもたらす可能性があります。

※『本草新編』は『本草秘録』とも呼称される。清代の陳士鐸によって著された。宮集、商集、角集、徴集、羽集の5巻によって構成される。

※清 中国とモンゴルを支配した最後の統一王朝。1616年 – 1912年

※ジギトキシン 背が高く釣鐘状の花を穂のように咲かせるジキタリスからとれるジギトキシン(Digitoxin)は、強心配糖体の一つである。心不全、心房性不整脈患者に適用される。アガサ・クリスティの『死との約束』ではジギタリスを用いた殺人が行われる。

細胞膜に存在するNa+/K+ATPaseを阻害することにより心筋細胞内のカルシウムイオン濃度を増加させ、心筋の収縮力を増大させる(陽性変力作用)。

カルシウム注射薬およびスキサメトニウムとの併用は禁忌。重大な副作用としてジギタリス中毒(強心配糖体を参照)。

※ジフテリア ジフテリア菌の感染によって起こる、主として呼吸器の粘膜が冒される感染症。菌の繁殖部位により、咽頭 (いんとう) ジフテリア・喉頭 (こうとう) ジフテリア・鼻ジフテリアなどの病型がある。心筋や末梢 (まっしょう) 神経が冒されることもある。感染症予防法の2類感染症の一。小児がかかりやすいが、予防接種の普及で減少。日本では三種混合ワクチン(DPTワクチン)、二種混合ワクチン(DTワクチン)に含まれている。定期接種の普及している国では症例は稀だがそうでない国では流行がある。

ジフテリア菌の発見は1883年。エミール・フォン・ベーリングと北里柴三郎血清療法を開発。その功績でベーリングは第1回ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 

到了明清時期

英訳

To the Ming and Qing dynasties

和訳

明・清王朝へ

《靖江寶卷》中有話:「錢氏說『老太師,不能空口去說白話,把禮儀帶了去。』這遭就配了千兩金子千兩銀,珍珠瑪瑙亮晶晶,綾羅綢緞廿四匹,康桃安棗十二斤。再加上——茶花對果一槓擔,又用四支萬年青。」後文又有「二人來到東書廳一看,金漆旺旺,地下放光。天井駁得四瀉水,磨磚鋪地一樣平。金魚缸中來戲水,荷花缸上畫麒麟。牆邊栽個虎耳草,盆景栽個萬年青。」

英訳

There is a saying in “Jingjiang Treasure Scroll”: “Qian said, “Old lady, you can’t speak the vernacular without talking, and take the etiquette.” This time, it was matched with a thousand taels of gold and a thousand silver, pearl agate, shiny pearls, and silk and silk. Four horses, 12 catties of Kangtao and Anzao. In addition-Camellia to fruit and a pole load, and four perennials / OMOTO.” Later, “The two came to the East Book Hall to see it. The golden lacquer is flourishing, and they are placed underground. Light. The patio is flooded with water, and the floor is as flat as polished bricks. Play in the goldfish tank, and draw a unicorn on the lotus tank. A saxifrage is planted on the wall, and a bonsai is planted with Evergreen / OMOTO.”

和訳
「Jingjiang Treasure Scroll / 靖江寶卷」には格言があります。「銭氏は、「おばあさん、話せずに方言を話すことはできません。エチケットを取ることはできません。」今回は、何千もの金の尾と千の銀、真珠の瑪瑙、光沢のある真珠、絹と絹にマッチしました。馬4頭、カンタオとアンザオの12匹の猫。果物と棒に加えてツバキ、そして4つの万年青。」その後、「2匹が東書堂にやって来て、黄金の絵の具が繁栄し、地下に置かれました。ライト。パティオは水で満たされ、床は磨かれたレンガのように平らです。金魚の水槽で遊んで、蓮の水槽にユニコーンを描きます。壁にはサキシマゲが植えられ、盆栽には万年青が植えられています。」

證明了萬年青已在民間作為節氣觀賞植物

英訳

It proves that Evergreen / OMOTO has been used as an ornamental plant for solar terms in the folk

和訳

万年青が民俗の太陽用語の観賞植物として使用されていることを証明します

中国最後の統一王朝、清と万年青の関係

且在清朝時因國號的關係。

英訳

And in the Qing Dynasty because of the relationship of the country name.

和訳
清朝には国名の関係から。

中国最後の統一王朝、清と万年青の関係

清 1616年 – 1912年

萬年青同“萬年清”,有萬年大清之意,所以特別受清皇室及貴族的喜愛。而華北地區寒冷冬日僅一色雪白,庭園中草木凋零,所以常在室內擺設萬年青,全年長青且又有大紅果實妝點下是顯得特別喜氣。

英訳
Wannianqing is the same as “Wannianqing”, meaning Wannianqing, so it is especially loved by the Qing royal family and nobles. In North China, the color is only white in cold winter days, and the plants in the garden are withered. Therefore, the evergreens / OMOTO are often displayed indoors. They are always green all year round and decorated with red fruits.

和訳
万年青は万年清代が続くを意味する「万年清」と同じで、特に清王家や貴族に愛されています。中国北部では、寒い冬の日は白く、庭の植物は枯れてしまうため、万年青は室内に展示されることが多く、一年中緑で、赤い果実で飾られています。

萬年永清

第七十六代衍聖公の万年青のように万年、清代が栄えるように願った写真

第七十六代衍聖公 孔令貽,照片中他身旁一盆霓裳萬年青

英訳

Kong Lingyi, the 76th generation of Yan Sheng Gong, in the photo is a pot of neon clothes beside him

和訳
写真のヤンシェンゴンの76世代であるコングリンジーは、写真の横にある虹のように美しい万年青の盆栽の一鉢です

※霓裳 《「霓」は虹のこと》 虹のように美しい裳 (も) 。

 

清の宮殿に飾られる宝石で作られた万年青

在清宮中常有造辦處所製,或大臣進貢的寶石盆景,其中主題就有萬年青,通常是以桶狀盆來發揮,”一桶萬年青“寓意清朝”一統萬年“

英訳
In the Qing palace, there are often gem bonsais made by places or tributes from ministers. Among them, the theme is Evergreen / OMOTO, which is usually played in a barrel-shaped basin. “A bucket of Evergreen / OMOTO” means the Qing Dynasty’s “dominance for thousands of years.”

和訳
清の宮殿には、場所や大臣からの賛辞によって作られた宝石の盆栽がよくあります。その中で、テーマは万年青で、通常は樽型の盆鉢。「ひと桶の万年青」とは、清朝の「数千年の支配」を意味します。

一統萬年

寶符國瑞掛屏

有御詩一首

靈草恒青冬夏鮮,謂當有水洼其邊

文征畫合梓材語,惟曰保民欲萬年

戊戌嘉平之吉

英訳

Baofu Guorui Hanging Screen

There is a poem

Lingcao is always green in winter and summer, and it is said that there should be puddles beside it

Wenzheng painting combined with Zicaiyu, but it is said that the people will be saved for thousands of years

Jiapingzhiji

和訳

Baofu Guorui掛け軸

詩があります

靈草(万年青)は冬と夏は常に緑で、横に水たまりがあるはずだと言われています

深センの絵画とジカイユを組み合わせたものですが、人々は何千年もの間救われると言われています

ジャーピンジジ??

戊戌嘉平之吉 戊戌という干支

 

皇帝と万年青

嘉慶帝身旁炕桌上一盆“一統萬年“

英訳

There is a pot on the table next to Emperor Jiaqing, “Ten Thousand Years of Unity”

和訳

嘉清皇帝の隣のテーブルには「万年の統一」という万年青の鉢があります。

嘉慶帝(かけいてい)は、清の第7代皇帝ははじめ永琰(えいえん)、即位後に顒琰(ぎょうえん)と改めた。廟号は仁宗(じんそう)。在世時の元号のを取って嘉慶帝と呼ばれる。

1796年2月9日 – 1820年9月2日

乾隆25年(1760年)、乾隆帝の十五男として生まれる。乾隆60年(1795年)、85歳の乾隆帝から譲位を受けるが、乾隆帝は太上皇となっても実権は手放さなかったため、嘉慶帝は飾り物の皇帝に甘んじた。

乾隆帝が嘉慶4年(1799年)に崩御すると、嘉慶帝は真っ先に乾隆帝が重用していた奸臣和珅を誅殺した。周りの人間全てが和珅のことをろくでもない奸臣であると見抜いていたのに、耄碌した乾隆帝だけは和珅を信任し続けたため、乾隆帝が生きている間はどうしようもなく、和珅は国家に入るべき歳入のかなりの額を懐に入れていた。和珅から没収した財産は、実に国家の歳入の10~15年分に当たったといわれている。

テレビドラマ
  • 紫禁城 華の嵐(2004年、中国、演:于洋)

清の第6代皇帝、乾隆帝から、第7代皇帝嘉慶帝、第8代皇帝道光帝まで

乾隆帝(けんりゅうてい)は、清の第6代皇帝。清王朝の最盛期を創出する。弘暦(こうれき)、廟号は高宗(こうそう)。在世時の元号の乾隆を取って乾隆帝と呼ばれる。

弘暦(1711~1799)
清の六代乾隆帝。廟号は高宗。十回の遠征に成功したため、十全老人と号したという。在位1735~1795。雍正帝(胤禛)の四男。雍正十一年(1733)、和碩宝親王に封ぜられた。十三年(1735)、雍正帝が崩ずると、帝位についた。即位後、ジュンガル部のガルダン・ツェレンを討ち、大小ホージャの乱を平定して新疆をおさめた。チベットを安定させるため、「欽定西蔵章程」を公布して民政・軍事の権力を駐蔵大臣に委ねた。また雲南、ビルマ、台湾などに遠征し、これによって清朝の最大版図を形成した。寧波・厦門・雲台山を閉港し、西洋との交易を広州一港に制限した。英国の使節マカートニーの通商の要求もことごとく拒否した。文化面では『四庫全書』を編纂させ、一代のうちに完成させた。また多くの文化財を蒐集して紫禁城に集めた。しばしば巡遊をおこない、馬上朝廷の称もあった。土木工事を好み、多くの人力財力を消費した。帝個人はさまざまな濫費を好んだが、かれの治世は銀の入超に支えられて、前代に類をみない好景気の時代であり、清朝の最盛期であった。在位六十年で退位して嘉慶帝に譲り、太上皇帝となった。その後の三年間、院政を布いた。晩年は和珅を信任して国政が乱れ、白蓮教の乱が起こった。『楽善堂詩文全集』。

  • 顒琰(1760~1820)
    清の七代嘉慶帝。廟号は仁宗。在位1796~1820。乾隆帝(弘暦)の十五男。乾隆五十四年(1789)、嘉親王に封ぜられた。六十年(1795)、皇太子に立てられた。翌年、父帝に譲られて帝位についた。父が太上皇となり引き続き執政し、和珅が国政を専断した。嘉慶四年(1799)、父太上皇が崩ずると、親政をはじめた。和珅を逮捕して獄に下し、二十大罪を数えて、自殺を迫った。湖北・四川で起こった白蓮教徒の叛乱は五省に波及し、足かけ九年この鎮圧のために全力を尽くした。まもなく蔡牽・朱濆の乱が東南海上で起こり、北方で天理教の乱が起こって京師に迫った。乾隆中期以後、軍紀はゆるみ、軍費は増大し、官僚の汚職はきわまり、連年にわたって黄河が氾濫し、運河の交通も滞って、財政は悪化の一途をたどった。貿易収支も悪化して、嘉慶期には銀の出超となり、デフレによる賦税の実質増によって農民を苦しめた。二十五年(1820)、熱河の避暑山荘で崩じた。
    旻寧(1782~1850)
  • 清の八代道光帝。廟号は宣宗。在位1820~1850。嘉慶帝(顒琰)の次男。嘉慶二十五年(1820)八月、帝位についた。

 

 

緙絲紅子萬年青

英訳
Kesi Hongzi Evergreen / OMOTO

鈞窯方盆裡的山石、靈芝、萬年青

万年青(おもと)の別名は?意味は?

 

孔子の子孫も万年青を大切にした

第三⼗⼀代衍聖公
孔令貽與繼室陶⽂譜

英訳)The third generation of Yan Sheng Gong

Kong Lingyi and Jishi Pottery Book

和訳)第31代衍聖公

孔 令貽 ?

この写真自体が凄い発見です。

この写真は、第三⼗⼀代の衍聖公(えんせいこう)の写真ですが、

そもそも衍聖公(えんせいこう)とは、あの有名な孔子のご子孫が代々世襲する役職です。

76代目の孔 令貽(こう れいい)さんが万年青とともに写真に写っています。

孔子の子孫も万年青を非常に大切にしたことがわかる。

孔子は、紀元前550年ごろ生まれた哲学者、儒教の祖

です。孔子の道徳思想の徳目は忠・孝・仁・義・礼・智・信・恕。

「これを知る者はこれを好む者にしかず。これを好む者はこれを楽しむ者にしかず」(雍也篇)

現代語訳:(これを理解しているという人はこれが好きだという人に負ける。これが好きだという人はこれを楽しんでいる人に負ける)

「巧言令色すくなし仁」(学而篇)

現代語訳:(さわやかな弁舌にうまい人あしらい、こういう連中に仁はない)

「学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや。朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」(学而篇)

現代語訳:(学ぶこと、それを実践して身につけること、なんと喜ばしいことだろう。友ができ、遠方からも学問の同志が集まってくる、なんと楽しいことだろう)

 

衍聖公 とは 孔子の子孫が世襲する役職?爵位?

 

衍聖公(えんせいこう)は北宋から清にかけての封爵名。孔子の嫡流の子孫が世襲した。

始皇帝は九世の子孫の孔鮒を魯国文通君に封じた。前漢高祖は孔鮒の弟の孔騰を奉祀君に封じた。

その後、儒教が前漢の国学となるとその宣揚のために元帝は十三世の子孫の孔覇関内侯の爵位と褒成君の号を与え、哀帝は十四世の子孫の孔吉を殷紹嘉侯に封じた。平帝1年に十六世の子孫の孔均を褒成侯に封じ、世襲とした。以後、後漢明帝が十八世の子孫の孔損を褒亭侯に封じたのと安帝が十九世の子孫の孔曜を奉聖亭侯に封じたのを除けば、代を通じて褒成侯の爵位が受け継がれた。

その後、三国魏では宗聖侯、南朝宋では奉聖亭侯、北魏では崇聖侯、北斉では恭聖侯と改められた。北周の時に鄒国公に格上げされ、では文帝が鄒国公に封じたが、煬帝のときに紹聖侯に改められた。

では当初は褒聖侯に封じていたが、開元年間に孔子に文宣王の称号が贈られると、褒聖侯も公爵に格上げされ、文宣公と呼ばれるようになった。北宋仁宗至和2年(1055年)に文宣公は衍聖公に改められ、後代に受け継がれた。

1935年国民政府朝の爵位を廃止し、衍聖公を大成至聖先師奉祀官と改めたが、依然として世襲とされている。

Wikipediaより

孔 令貽 とは 孔子の76代目の嫡孫。

孔 令貽(こう れいい、1872年1919年)は、孔子の76代目の嫡孫。字は谷孫、号は燕庭

4歳で父を喪い、1877年衍聖公を襲爵した。

家学を学んでいたが、1888年光緒帝に謁見のため北京に赴いた。

北京滞在中に吏部右侍郎孫毓汶の娘と結婚し、1889年翰林院侍講に任じられ、正式に衍聖公としての職務を行うようになった。

1898年、寄付を行って曲阜に16の初等小学堂、1つの高等小学堂を設立した。

1907年、山東省の教育の調査を命じられた。

1912年袁世凱中華民国の臨時大総統に就任すると、祝賀の上書を送っている。国会議員に推薦されたが、固辞した。翌年、袁世凱が正式に大総統となるとこれまで通り衍聖公の地位を認められた。

1915年より袁世凱の皇帝即位を積極的に支援し、袁世凱の帝制実現後は郡王に封ぜられた。

1917年朝の復辟の際には祝賀の電報を送っている。

1919年、北京を訪れて溥儀に拝謁したが、11月8日に太僕寺街衍聖公府で病死した。

詩・画・書に優れていた。

先代:
孔祥珂
衍聖公
1877年 – 1919年
次代:
孔徳成

Wikipediaより

 

 

第三⼗⼆代衍聖公
孔德成和妻⼦孫琪芳

後⽅案桌上設五供⼜有兩盆萬年青裝飾

英訳) The 32th generation of Yan Sheng Gong
Kong Decheng and his wife Sun Qifang

There are five offerings on the back table with two pots of OMOTO decoration

和訳) 第32代 衍聖公
孔德成と彼の妻Sun Qifang

後ろには、万年青の装飾が施された2つの鉢が5つあります。

孔 徳成 とは? 孔子77代目嫡孫。32代衍聖公

孔 徳成(こう とくせい、1920年2月23日2008年10月28日)は、孔子の77代目の嫡孫。字は玉汝、号は達生。32代衍聖公大成至聖先師奉祀官台湾大学教授、中華民国台湾考試院院長・総統府資政。麗澤大学名誉博士。

青少年期

1920年2月23日山東省曲阜孔府で誕生した。父の孔令貽は前年の1919年11月8日北京の太僕寺街衍聖公府で死去していた。生母の王宝翠も出産後すぐに亡くなったため、孔令貽の正妻の陶氏に養われた。生後百日の6月6日、大総統徐世昌は衍聖公の襲爵を認める大総統令を出した。1924年から呉伯簫より英語を、詹澄秋より琴を学び始めた。1929年、陶氏が死去した。

1935年、民国に世襲の爵位が存在するのは不適切として、南京国民政府は衍聖公の称号を廃止した。しかし儒教の伝統を途絶えさせることはできないとして、衍聖公を大成至聖先師奉祀官に改めた。これは中華民国で唯一の世襲の特任官であった。この年の7月に陳立夫主催、戴季陶監督のもと南京で就任の宣誓を行い、蒋介石の臨席を得た。1936年より荘陔蘭より国学と書を学び始めた。書は始めは王羲之王献之の手法から学び、後に顔真卿北魏張猛龍碑からも学び、さらに甲骨文字や金石文も研究した。同年12月16日朝の大臣孫家鼐のひ孫の孫琪方と結婚した。

この結婚の時の写真か??

先代:
孔令貽
衍聖公
1920 – 1935
次代:
先代:
大成至聖先師奉祀官
1935 – 2008
次代:
孔垂長
先代:
劉季洪
考試院院長
1984 – 1993
次代:
邱創煥

 

 

誰か意味が分かる方、是非お教えください!!

字の意味から、とっても縁起の良いことを言われているのかな、と想像しますが、、、

 

 

清供圖
六朝南⿑、南史晉安王⼦懋傳:「有獻蓮華供佛者,眾僧以銅甖盛⽔,漬其莖,欲花不萎
以“供”為思想的陳設出現
⽽“清”字義為:澄淨、純潔
來對於節氣改變⽽對室內空間的淨化
衍⽣出“清供”這樣特殊的室內陳設⽂化
然⽽漸漸變為繪畫主題,來解決無實物陳設依然有節氣清供的感受

英訳)Qing court
In the Six Dynasties Nan⿑, the Southern History King Jin’an Biography: “There are those who offer lotus flowers to the Buddha, and the monks use copper poppies to fill the water, soak the stems, and they will not wither.
Appearance of furnishings with the idea of ​​”offering”
⽽”Qing” means: clear and pure
To change the solar terms and purify the indoor space
Derive the special interior furnishings such as “Qing Gong”
However, it gradually became the theme of painting, to solve the feeling of no physical furnishings and still have a sense of solar terms and offerings

和訳)清宮
南朝時代の南朝、南安王晋安伝:「仏に蓮の花を捧げる人がいます。僧侶たちは銅のポピーを使って水を満たし、茎を浸します。枯れることはありません。
提供するという考えのある家具の外観
⽽「清」の意味:明確で純粋
ソーラータームを変えて室内空間を浄化する
「Qing Gong」などの特別なインテリア家具を引き出す
しかし、それは次第に絵画のテーマになり、物理的な家具がないという感覚を解決し、まだ太陽の用語と提供の感覚を持っています

こちらも、特に後半意味がわかりません。わかる方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。

 

 

 

 

NHK趣味の園芸 大江戸花競(くら)べ 外伝「涼を呼ぶ 斑(ふ)入り植物」 万年青編 

趣味の園芸 大江戸花競(くら)べ 外伝 「涼を呼ぶ 斑(ふ)入り植物」

趣味の園芸 万年青 大江戸花競(くら)べ 外伝 「涼を呼ぶ 斑(ふ)入り植物」

皆様、本日2020年8/23の素晴らしい放送、見ていただけたでしょうか?

NHK趣味の園芸 大江戸花競(くら)べ 外伝 「涼を呼ぶ 斑(ふ)入り植物」

江戸園芸の代表である小笠原左衛門尉亮軒先生が解説をしてくれました。

江戸おもとの展示  茶室 葵松庵・城南亭にて

江戸の涼 斑入り植物

クーラーのない江戸の人々は、暑い夏に、ふうりんの音を聞いたり、釣り忍を飾って耳や目で涼しさを演出しました。特に緑の葉に白い覆輪、縞などの斑入りがはいることで、より涼しげで雅な雰囲気になります。

今回は、江戸時代から日本で流行し、今や全世界に大流行している斑入り植物の世界。江戸中期、水野忠暁(みずのただあき)がコレクションし、広めたといっても過言ではありません。その水野忠暁が一番好きだったのが萬年青です。今回の番組にも、多くの万年青の江戸時代の書籍が出てきます。

新生殿(しんせいでん)

左 1年生・2年生・3年生・5年生 葉芸の変化を楽しむ

 

「涼を呼ぶ 斑(ふ)入り植物」万年青編!

この趣味の園芸 万年青 大江戸花競(くら)べ 外伝 「涼を呼ぶ 斑(ふ)入り植物」を記念して、斑入り植物の代表格である万年青の斑入りを紹介したいと思います

斑入り 曙

葉芸 曙柄(あけぼのがら) 品種 外輪山(がいりんざん)

まず、曙柄。黄色の斑が下から曙の様に上ってくる黄色の斑入りです。品種は外輪山。

番組では、ぎぼうし・ホスタの中透けが出ていましたが、万年青では曙柄のことを中透けという地域があります。また、中透け、曙柄にも白くなるもの、濃い黄色に透けるものなどどれも非常に美しいグループです。このように、万年青や他の植物ごとに、また、地域によって呼び名が違ってくるのも面白さの一つ、日本のそれぞれの地域文化の高さを現しています。

斑入り 覆輪

大黒殿(だいこくでん) 5年生 鉢3.8号

覆輪。品種は大黒殿。今、品種になっているものの95%以上は覆輪が回っていますが、緑の葉に白い覆輪が回っているだけで、緑の癒し、白の涼しげな雰囲気を醸してくれます。

斑入り 縞

縞。こちらは出世実生。縞にもいろいろあり、凱旋のズバッとした縞や、細かな櫛目のような縞、一本だけ入る棒縞など様々。葉が風で揺れれば涼やかです。

縞が特徴の縞獅子。獅子というのは、葉がくるくると巻くおもとの系統。

葉のくるくると巻く獅子系にも、縞があります。縞獅子。

 

斑入り 虎

虎柄の代表は太陽殿の虎。太陽殿という覆輪だけの雄大なオモトに、大きく入る白い斑、虎斑が入り、華やかです。

斑入り 矢筈

矢筈柄の姫牡丹。矢筈というのは、矢羽根のようになっているため。

矢筈柄は、矢筈虎といって、矢筈柄も虎斑という地域もあります。矢羽根のようになっているのが分かるでしょうか。虎斑は様々に呼ばれることが多く、外輪山の曙も、曙虎と呼ぶことがあります。

斑入り 図

最後に図。この図という模様は、非常に独特で、モザイク状に変化する面白い斑入りです。この図という斑入りも、木目図、網目図という変化があったり、図がなくなったと思ったら次の年は真っ白な図だけの葉になった、など様々な変化を見せてくれます。品種は残雪。

斑入りと斑抜け

趣味の園芸の放送では、斑入りがあれば斑抜けもある、ということで紹介していますが、やはり植物の突然変異、斑が抜けることもあります。虎と図は稀に抜けることがあるので、価値が高く、高価なものがおおいでしょう。逆に、斑抜けにならない、覆輪、矢筈虎は買い安いでしょう。

ここに紹介したものはほんの一部。万年青にはまだまだ多くの斑入りがありますので、是非涼しげな万年青の斑入り、楽しんでみてください。

柄図鑑

まとめ

江戸時代の人々は斑入り植物の涼しげな姿をみて、涼をとっていた

江戸時代、世界一の斑入りコレクター 水野忠暁がいた

万年青も江戸時代から多種多様な斑入りの品種がある。

 

●動画解説【NHK趣味の園芸 大江戸花競(くら)べ 外伝「涼を呼ぶ 斑(ふ)入り植物」】万年青編

【万年青の豊明園】【Variegated plant, OMOTO】

名古屋園芸さんについて

現在は問い合わせていただきたいのですが、名古屋園芸さんで園芸の教室をしておられます。最高のレベルの教室です。NHK趣味の園芸の最初から登場されている小笠原左衛門尉亮軒先生、名古屋園芸現社長であり、様々な園芸の歴史的なプロジェクトに関わられている小笠原誓先生、その息子さんで非常に若くイケメンですでに趣味の園芸にも何度も出演されている小笠原先生。

皆様、園芸家としての知識、経験、日本の古くからの伝統と園芸を見つめなおすこと、守る事を地で行われていて、本当に尊敬しています。また、海外での経験など素晴らしいのですが、その前にどの方も本当に素晴らしい人格者ということ。まず教室や、名古屋園芸さんにいってみて、お話をされると園芸の深さ、お人柄の大きさに感動されると思います。

 

【萬年青の歴史】を豊明園にて執筆した際、協力していただきました。豊明園2代目の時代から、お付き合いがあり、助けていただいています。

趣味の園芸 大江戸花競(くら)べ 外伝 「涼を呼ぶ 斑(ふ)入り植物」

昨年度放送した人気シリーズ「大江戸花くらべ」の“外伝”。暑い夏、植物にも涼を求めた江戸の人々がたどり着いたのは葉に美しい縞(しま)や覆輪(ふくりん)の入る“ふ入り”植物。種類が多様な上、変異も多彩。今回は、落語家の柳家花緑さんがふ入り植物を間近で体感し、その魅力にのめり込んで行く。江戸園芸の極み、ふ入りの世界へようこそ!出演は、園芸研究家・小笠原左衛門尉亮軒、落語家・柳家花緑、三上真史ほか。

もし見逃してしまった方は、、

以下のサイトから飛べるようになっています。
  • 日曜日午前8:30~8:55【Eテレ】
  • 火曜日再放送 午前10:25~10:50【Eテレ】
  • 木曜日再放送 午後0:30~0:55【Eテレ】
  • ナビゲーター:三上真史

NHKの番組「趣味の園芸」おもと岡崎

NHK 「趣味の園芸」 おもと岡崎

NHK趣味の園芸 10月号 9/21発売 大江戸花競べ十二選 万年青 みんなの趣味の園芸コラボ

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