おもとについて

おもととは

おもとは漢字で万年青と書き、めでたい植物、縁起の良い植物として、古くから珍重されてきた伝統的な多年草です。
慶長11年に徳川家康公がおもとを床の間に飾って江戸城に入城したという故事は有名です。
おもとの葉芸は、茶道の「詫び、寂び」の境地にも通じており、その色彩と葉姿の中に自然の織り成すは千変万化で貴品があります。
おもとがいつ頃から日本に自生していたかは定かではありませんが、約500年くらい前より長い年月をかけて育種改良を重ねてきた歴史があります。
おもとの魅力は葉姿や色彩、葉芸の変化です。大きさも掌に乗るくらい小さい小葉、少し大きい中葉、葉長が50㎝内外になる大葉おもとなど様々あります。葉芸も気品に満ちた図虎、虎斑、縞柄、覆輪、竜芸などバラエテーに富んでいます。さらには、四季を通じて緑を保ち、葉芸が年ごとに変化して美しく成長していきます。この点がおもとを育てる醍醐味といえるでしょう。

おもとといけばな

池坊の<伝花>の「七種伝」のひとつとして室町時代の書物に記され祝儀の花とされてきました。生け花のほかの流派でも正月などの祝い事にはおもとをいけるようです。各流派のいける形を先生に質問してみると一枚ずつの葉に役割や意味合いや心意気がこめられており興味深いです。

 

 

引越しおもとと家康

慶長11年に徳川家康公がおもとを床の間に飾って江戸城に入城したという故事は有名です。その後徳川家が安泰であったことから、陰陽道で祝事、建築、転宅、厄除けに〔吉〕であるといわれて、おもとが用いられる風習が大名、旗本から全国の町民の間にまで広がり、現在もお祝い引越しおもとにその名残をとどめています。家康公が生涯を結ばれた後、遺命により久能山に埋葬され二代将軍徳川秀忠公により400年前当時最高の建築技術・芸術が結集され造営されたのが久能山東照宮です。建物には、漆や極彩色がほどこされ、柱などには数多くの彫刻が飾られていますが、これらは単なるデザインではなく、信仰形態や学問・思想があらわされています。

国宝 久能山東照宮本殿 石の間のおもと彫刻

写真のような万年青の彫り物は東照宮の石の間、左右・他3箇所に彫られており、特に石の間は、神の世界(本殿)と人間の世界(拝殿)をつなぐ重要な空間である事からどれほど万年青が珍重されていたかがうかがい知れます。

国宝 久能山東照宮へは

静岡県静岡市駿河区根古屋390  久能山東照宮のHPへ

おもと探し上の写真は国宝の久能山東照宮本殿、石の間のおもと彫刻です。(権現造(ごんげんづくり)は、日本の神社建築様式の1つである。石の間造(いしのまづくり)とも呼ばれる。)石の間は立ち入れませんがご祈祷を受けうまくお願いできればもしくは拝殿より御覧に慣れるかもしれません。おもとを抜きにしても参拝はもちろん彩色豊かな彫刻や博物館の日本最古の時計(外国の難破船を救助したお礼だとか)など他では見られない見所多数。

手前の彫り物や(賽銭箱の真上の彫り物の裏)本殿を囲う塀の彫り物(本殿を拝んで右手側の塀)でも見られます。

徳川家康公に関わり深い江戸初期の神社仏閣では萬年青の装飾が度々見られます。写真は上野東照宮のおもと彫刻江戸時代の中ごろになると町民の間でもおもとの栽培が広がり、今でも新築の際縁起担ぎでおもとを入れたり、庭師が木の根元や石などの隙間に植えたりする文化が残っております。

神社仏閣以外でもご自宅・ご実家の庭など身近なところでもおもとを見つけられるかもしれませんね。現代の皆様も故事に倣って万年青を引越し・新築・お祝い事など日々の生活に取り入れてみては如何でしょうか。

引越し万年青 新生殿

葉姿美しく特に丈夫なおもと
『新しく生まれる御殿』と名前よい 福福しい葉姿が人気
引越しおもと・お祝おもとなど お部屋の観葉植物に最適
新生殿の葉芸の変化
姿迫力あり、芸も強い系統、丈夫な品種
特徴がはっきりした品種が人気