「オモト」が「スズラン科」に属す話

            杜団法人日本おもと協会員・芦田潔

私たちが愛してやまない「オモト」が、従釆の植物学では「ユリ科」に分類されていま
したことは、みなさんもご存じであると思います。

ところが、これが「スズラン科」に属するということが、15年今春、「日本花名鑑刊行会」
が発行された『日本花名鑑B』に掲載されていますので、ご紹介いたしましょう。

 この『日本花名鑑』という本は、社団法人日本花卉卸売市場協会、杜団法人日本植木協
、社団法人日本種苗協会などが、花卉卸売り市場などで取り扱われる「流通植物」とし
ての
「花」を主体とした総合参考書で、安藤敏夫・千葉大学園芸学部教授と小笠原亮・豊
明花き
株式会社代表取締役が監修され、森弦一・アボック社出版局編集長が編集し、株式
会社アボ
ック社が出版発売されたものです。

 別名を『園芸造園植物名称事典』とありますように、「花」を主体としたカラー写真が
3,000点掲載されていて、一昨年に発行の『日本花名鑑@』と昨年発行の『目本花名鑑A』
を合わせますと、なんと
14,000種類にも及ぶ植物が取り上げられています。
 
ところが、「オモト」はと見てみますと、『日本花名鑑@』には薬品で脱色処理をした
「オモト」
に「宗碩」と「都の城」の名が付けてあり、また、『日本花名鑑A』には
「アケボノミヤコ」「アリタノミヤコ」「宝船宗石」「長寿宗石」などと名付けられたもの
が掲載されているに過ぎず、わが「社団法人日本おもと協会」には全く関わりの無いものば
かりであることを知りました。

  そこで、わたくし芦田潔が、永年、交遊のある監修者の小笠原亮氏、編集長の森弦一氏、
それに発売元のアボツク社社長の毛藤囲彦氏に対して、是正を申し入れたのがきっかけで、
芦田潔が編集協力をするとともに、豊明園水野雅章氏が取材/データ協力者として本書との
関わりを持つようになりました。
 さて、話を本論に戻しますと、「コラム」欄に「オモトはスズラン科
?」という標題を
掲げて、「編集人」が「質問」のかたちで、
【本書では、従来「ユリ科」に分類されていた植物が、「キジカクシ科」「スズラン科」
「ツルボラン科」「ネギ科」などといった、これまで聞き慣れない「科」に分類されて
ます。
 たとえば、伝統的な観葉植物として知られる「オモト」が「スズラン科」などとあると、
なにかの間違いではないか、と思われる読者もおられるようです。
 近年の新しい分類体系で、「ユリ科」がこのように細分されるにいたった背景とその意味に、
いて知りたいのですが】
と、問いかけているものです。
この問いに「答え」るかたちで、大場秀章・東京大学総合研究博物館教授が、少し難解では
ありますが、要旨、次ぎのように述べておられます。

【分類とは、植物同士の関係に、ある種の秩序を与えることですが、その対象が25万種以上
もあるのですから、一筋縄ではいきません。
分類体系は、その秩序なるものを具体的に示し
たものです。
 秩序そのものは、かたちに現れた植物同士の系統的卒類似にもとづいて与えられますが、
膨大な種類を扱うために体系化には階層構造が必要です。
 
地籍には、「字」「村」「郡」「県」などを用います。
植物の分類体系では、「種」「属」「科」「目」「綱」「門」などが用いられます。
このうち「種」と「属」と「科」は、日常でも話題になることがありますが、「目」や
「綱」「門」はめったにお目にかかりません。
「科」とは、系統的に近い「属」をまとめた階級で、これまで「単子葉植物」で放射相称に
並ぶ目立つ
6つの花被片をもつ子房上位の植物は「ユリ科」に分類されてきました。

 エングラーが1892年刊の『単子葉植物分類提要』で提唱した分類体系は、当時としては
画期的なものであり、とくに日本の植物学界に大きな影響を与えました。
 
その分類体系の「ユリ科」が、日本人に「ユリ科」なるものの先入観を与えてしまった、
といってよいでしょう。
 この「ユリ科」に分類される「種」は
3,O00を超え、「属」の数も200以上あります。
 
しかし、日本に産するのはそのうちの170種、41属に過ぎず、エングラーの「ユリ科」が・
「科」という階級としてはあまりにも雑然とし過ぎていることを
,実感として知ることは
できなかったようです。
 
そのために「ユリ科」の間題に大方の人が気づかずに今日にいたっている、というのが現状です。
 一方・分類学者の間では早くからエングラーの「ユリ科」は間題にされており、エング
自身が編集する植物の科』の第
2版でも、「ユリ科」の枠は残されたものの12科に細分されたほどです。

1969年になってフーバーは、当時知られていた知見を統合して、「ユリ科」とその
関連諸科についての新分類体系を提唱しました。
 これが近年における「ユリ科」の分類体系見直しの端緒となったといってよいでしょう。

フーバーの考え方は多くの研究者に影響を及ぼし、タクタジャンやソーンさらにはクビッキィ
が採用する分類体系の基本となる「
Huber-Dah1gren体系」へと発展していきました。

1993年に英国のキュー王立植物園で開催された「単子葉植物」のシンポジウムでは、
分子系統学や微小構造の形態分析などからの知見も加わりました。
 こうして、系統進化の結果を反映した合理的な新分類体系が確立された、といってよいでしよう。

 結栗として、従来の「単子葉植物」の分類体系は、「綱」や「目」の階級から「科」の
階級にいたるまで、大幅に書き改められることになりました。
その中で、旧態をまったく留めぬほどに解体されたのが「旧ユリ科」です。
まず、「単子葉植物」は「セキショウ綱」と「ユリ綱」に2分されます。
「ユリ綱」は
15目に分かたれます。
そのうち「旧ユリ科」に分類されていた植物は、「ユリ目」「キジカクシ目」「ヤマイ目」
3目に分類されます。

「ユリ目」は11科、「キジカクシ目」は33科、「ヤマイモ目」は5科からなります。
ただし、その全部カミ「旧ユリ科」であったわけではありません。
「オモト」が分類される「
Rohdea」という「属」は、「キジカクシ目」の「スズラン科」
に、「アマドコロ属」「マイズルソウ属」「ヤブラン属」「ジヤノヒゲ属」「ス
ズラン属」
「キチジョウジソウ属」などとともに、分類されることになりました。

 それほど「科」の数も多くなく、一見しただけでたいがいはどの「科」の植物か見当がついた
「単子葉植物」が
50以上の科」に分類されることになったわけです。誰でもそうだと思いますが
、いったんつくられた知の体系が根底から崩されてしまうの
は、それが進歩のために必要とは
いえやりきれないという気持ちにさせられます。

 しかし、これでようやく、「ユリ科」を他の科並みに合理的な内容をもつ科に再分類できたのは、
ひとえにこの仲間の植物についての研究の進歩の結栗なのです。
一日も早く新しい分類体系に憤れ親しむことが肝要といえるでしょう】と、述べておられます。

 このようにして「オモト属」は、「キジカクシ目」の「スズラン科」に分類されることになったというお話です。

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